20141030恋は幸せなものだと思っていた。 結社にいた頃、聞いたことがある。 実際には同僚から変な奴が変なこと喋ってる、と聞いただけなのだが。 変な奴は何処にでもいるが、 今思い返してみるとあんな世界でこんな普通の感性を追い求めていた人間がいたと考えると、 尊敬したいと思う。 恋、と、その同僚は言った。 人間には同じ人間を好きと思う気持ちがあるらしい。 それは性欲とは少し違うものなのだと彼は言っていた。 性欲はそのうち伴うようになるのだけれど、 最初なんて本当に相手の人間のことを好きだと思っていることで、 いっぱいいっぱいになったりするのだとか。 聞いた当初はそんな感情があるものかと驚き、よく分からないな、と言って終わった。 同僚もまた、だよな、と言っていた。 あんな人を人と扱わない世界で、名前の代わりに数字を割り振るような世界で、 まともな感性など育まれるはずがない。 これまでも縁がなかった、だからきっとこれからも縁のないだろうそれは、 きっと幸せなものなのだろう、そう思っていた。 普通の人間にだけ許される、幸せな、もの。 到底手の届かない、世界が別のもの。 だと言うのに。 ぐるぐるとする思考、ばくばく煩い心臓。 何処か可笑しくした訳でもないのにくらくらと眩暈がしそうで、 頬がかあっと熱くなって、胸の辺りがぎゅうっと絞まる。 聞いていた通りのもので、 これを普通の人間は甘受しているのかと思うと頭が可笑しいとまで思える。 どうして、と思った。 どうして、こんなものを。 けれどもそれを問うには言葉が足らなくて、 この思いを伝えるにはまだ情緒が育っていなくて。 ただ飲み込むことしか出来ない自分に嫌気がさしながら、 これは外に出してはいけないと思う本能じみた思考も持っていた。 「チヒロ」 悲しそうな顔をされると同じように悲しいような気がしてくる。 呆れた顔をされると、少し微妙な気分になる。 けれどもいつまでたっても性欲は湧いてこないで、 それは同じ男であるからなのかとも思ったが、それにしては感情が溢れんばかりで。 名前を知らなかった、だからきっと恋なのだろうと思った。 彼の恋とはまた、違う気がしていたけれども、 それを説明する言葉なんて持っていなかった。 だからこれは、恋で良いのだと思った。 恋で良いから、ずっと傍にいたいと、そう思った。