かさぶた
その白いものは言った、一緒に来ないか、と。 行き場のない恨みを何とか押し込めていた俺にとってそれは好都合な話で、 承諾するとすぐにそいつの知り合いだと言う死神がやって来て、俺と白いものは契約を結んだ。 その白いもの―――一人の人間の寿命が尽きるまでの契約。 話半分に聞いていたのでしっかりとは覚えていないが、 この世界で霊的なものが悪さをしないようにするための決まりで、 俺はそいつの店からは出られないようになるらしい。 特に行きたいところもないのでその条件も飲んだ。 そいつが死ぬときに契約している魂も一緒に天へ召される、 裁判はその後だ、という条件にも首を縦に振った。 そういうことがあって、俺はこの店にやって来たのである。 「君の分の制服が出来たヨ!」 そう言いながら玄関からすっ飛んで来たのはこの店の店主、 俺の契約主、つまりはあの白いものだった。 『制服?』 「ウン。君…アルトが今着てルのは死んダ時のままの服デショ?」 『ああ』 「ケドそれだとサ、見えル人はすごクびっくりしちゃウと思うんダ」 確かに、と自分の服装を見遣る。 兵隊服のままだし、撃ち抜かれたところもそのままだ。 幽霊だから色がない分冷静に受け止められるが、 これで色まで見えたら完全に化けて出たように見えるだろう。 古戦場跡の亡霊、みたいな。 まぁ強ちそれも間違いではないが。 じゃーん、と見せられたのは学校の制服のようだった。 そういうものには行ったことはなかったが、 街で歩いている同い年くらいの子供のことは、見たことくらいある。 「友達ニ手先の器用ナ子がいてネ〜。 こういウ子に似合ウ制服って頼んだラすぐ作っテくれたノ」 すごいよね、と示されるそれは確かに細かい刺繍やら何やらが施されていて、 そのまま売り物にさえ出来そうだ。 薄いブラウンをした生地と、金の刺繍。 ネクタイが青なのは、以前自己申告した瞳の色に合わせてくれたのかもしれない。 けれども。 『でもそれって俺、着れないだろ?』 指差して尋ねる。 この制服は現世(うつつよ)のもので、 俺はと言えば此岸にはいるものの、その存在の帰着する場所は彼岸だ。 触れられることは触れられるだろうが、着るとなると大変だろう。 着ている間、ずっと気を抜けないことになる。 そう続ければすっとぼけた顔をしていたその子供は、ああ、と頷いて、大丈夫だよ、と言った。 そのまま俺を手招きすると裏庭へと連れ出す。 土がむき出しになったその部分に、白い粉で何やら描かれていた。 円形を基本としているのか、その中に様々に書かれた文字らしきもの。 何だろう、と首をかしげる。 子供はそれに近寄るとその上に服を置いて、 「これから荼毘に付しマス!!」 そう、マッチを取り出した。 『いやいやいや待て待て待て』 「エッ、何、アルト」 思わず止める。 『何で火つけんの、折角作ってもらえたのに』 「エ、だカラ荼毘に付ス…ア、荼毘っていウのはネ」 『そうじゃねぇよ』 言葉の意味が分からなかったのではない。 何故火を付けるのかと聞いたのだ。 そう告げると、子供は暫く唸った後、そういう術だから、と言った。 『ジュツ?』 「エー…ア、魔法?」 『魔法って存在すんのかよ』 「するヨー」 納得してくれたか、と子供はほっとしたような顔をする。 それから、 魔法と術は実際には違うだの魔法にだって種類はあるだの何やらぶつぶつ呟いてはいたが、 俺には理解の出来ない話だろうし、 そもそも関係のない分野のことであると思ったので聞き流した。 そういう訳で子供に寄って陣(というらしい)の上で焚かれたその服は、 煙となって俺に巻き付いた。 そしてそれが晴れた時には俺の服はさっきまで現世のものだったそれになっていた。 「ウン、似合うヨ、アルト」 こっちを向いてにっこり、そう言われれば照れくさくて、そっぽを向くしか出来なかった。 それでも気に入ったのは伝わったようで、子供は満足気な顔をする。 新しい服に隠れたその傷跡が、少し熱を持ったような気がした。 けれども、嫌な熱さではなかった。 じんわりとした優しいその温度が、今の俺の心なのだと、そう思った。
20140319