どういうことだ、これは。
まさかの押し倒されるという危機的状況で俺はパニック寸前に考える。
そもそもの発端はこいつが酒を飲んで来たことだ。



凍て付いた光
いずみに良い酒を貰ったと月見酒をしてきたらしい榊丸が、 いつもの状態からは想像が付かない程ぐったりと布団にダイブした。 『うわ、酒臭っ。どんだけ飲んだんだよ』 『さぁな』 若干上ずったような声はとても楽しそうだ。 酒を飲んだことがないので分からないが、そんなに楽しくなるものなのだろうか。 『いずみさんと、俺は、ちょっと似てる』 『んな訳ねぇだろ』 『もう、会えない…にて、る…』 酔っ払いの言うことはよくわからない。 はぁ、とため息をついた俺を、榊丸は文句を言おうとしたのか、見た。 そこで、少し時が止まった。 『な、何だよ?』 黙ったままこちらを凝視する榊丸が流石に心配になって声をかける。 『気持ち悪いのか?それとも―――』 ずい、と近付いて来た榊丸の所為で、言葉は衝撃に変わった。 『―――え』 そして、冒頭に戻る。 兎にも角にも、同性にどうこうされるのはごめんなので退かそうと試みるが、 酔っていてもその力は強く、逃げることが出来ない。 『退けよ、榊丸ッ!』 何も言わずに俺を見つめるだけで、何も言わない。 その顔を直視した俺はぎょっとした。 なみだ? 何かを堪えるように強い瞳が揺れているのを見たのは初めてだった。 『…じ、かた、さ…』 小さく呟いて、 『ぐおっ』 意識を失ったのか頭から落ちた。痛い。 『いって…』 這い出る。 名前、だったな。 うつ伏せで眠っている彼を見やる。 知らない名前。 それが初めて会った時からあの瞳の中で凍て付いていたものなのだと、 誰に聞かなくても分かった。 それはきっと溶けることなどないのだと、何となく思った。
20130805