梅雨に入る、少し前の出来事だった。



梅雨前の不思議な手紙
それは切手も何もない不思議な葉書。
白狐の黎明堂 皇涼水様方 我が義理の双子の姉様 お久しぶり! 元気にしてるかな? 最近は遠く離れて会う機会もなく、とても寂しいです。 と言っても少し前にちょっとだけ会ったんだけどねー。 いやぁ、偶然てすごいよね! まぁその話は兎も角。 以前読んだ本でこういうやり方を知ったので、 君の誕生日を祝う為に使ってみようと思います。 君の義理の双子の妹より
一応は宛名と差出人は書いてるものの、涼水にはこれっぽっちも心当たりがない。 首を傾げながら葉書を裏表させてみる。 義理と言えど双子なのだから、この人も誕生日ではないのだろうか。 「何か来てタ?」 「うん。何か変なのが」 いずみに手渡す。 涼水と同じように裏表させたあと、 「アー…」 不明瞭に呟いた。 「まダ同じようなのが来るかもしれないカラ、それは涼水に任せても良イ?」 返される不思議な葉書。 「え、まだって…いずみこれ知ってるの?」 顔を上げたとき、銀色の子供はもう視界にいなかった。 盛大に溜息を吐いた涼水は、もう一度玄関に向かった。 今日は頻繁に玄関の様子を伺う日になりそうだ。 いずみはこういうことに関しては嘘は吐かないだろう、普段が嘘を吐く訳ではないが。 こんなに直ぐ来るわけないか、という涼水の考えは打ち砕かれる。 玄関に落ちていたのはまた葉書。 宛名と差出人は先程と同じ。
これが君の誕生日に間に合っていると良いんだけど。 私がなかなか期限守れないの、君は良く知っているでしょう?
消印は八日、まだ今日はそうじゃない。 これが過去の日付と考えられないこともないが、 それならば一年近くもずれている手紙が届くことが可笑しくなってしまう。 まぁ、未来から手紙が届くことも充分に可笑しいのだが。 「未来からの手紙、ねぇ…」 特に整っている訳でもないその字をじっと見つめる。 いずみが任せたということは、この葉書に危険性はないと考えて良いのだろう。 この白狐の黎明堂で涼水が仕事を任されることは未だ少ない。 「…まぁ、私に出来ることなら手伝いたいし。頑張りますか」 非常に多忙(なのだと思う)彼女を手伝いたいが、涼水に出来ることは少ない。 だからこうして任されたことはしっかりやり遂げたい。 「玄関見てこよ」 わりと短時間で投下される可能性のある葉書。 涼水は立ち上がった。 玄関につくと、また同じ葉書が落ちているのが目に入った。
あ、言い忘れてたけど、 何処の世界でも時間の流れが一緒だなんて思っちゃだめだよ! 君のことだからわかっているのかな。
姉の方には分かるのかもしれないが涼水にはさっぱりだ。 何処の世界でも―――なんて言葉を使うということは、 これは異世界から届いた葉書、ということなのだろうか。 涼水自身、パラレルワールドというものが存在することを知識としては知っているが、 なかなか理解、そして納得するまでには至っていない。 普通に暮らしているのならばそこまで干渉すべき事柄でもないのだ、この辺りのことは。 そして時間の流れ。 これについては初耳だった。 これが本当だったら、 例えば異世界旅行をして向こうの世界で十年過ごして戻ってきたとしても、 こちらでは十分しか経っていない―――なんてことも起こり得るのだろうか… ちょっと分からない。 涼水は頭を振った。 この葉書もその内容も気になるけれど、とりあえず洗濯物を片付けなければ。 洗い場から戻って玄関に寄ると、そこにはやっぱり葉書が落ちていた。
もう分かっていると思うけど、 この手紙は涼水に届くようにしてあります。 その方が何かと手っ取り早いからねー。 横着な妹でごめんよ。 愛をこめて
第三者に送る方が手っ取り早いなんてこと、あるのだろうか? もしかして、そのうち姉の方が取りに来るとか? どっちにしても涼水のやることが消える訳ではない。 「さ、今日も気合いれて掃除しよ」 この広い屋敷を、隅々まで綺麗にしなくては。 一通り屋敷内を掃除し終わった後玄関に向かう。 面倒と思う反面、少し楽しくなってきているのが現状だった。 玄関にはまた新しいものが落ちていた。
今年の誕生日プレゼントは何が良いかな? 君の欲しいものをあげたいと思っています。 夏休みには帰る予定だから、その辺で渡したいなぁ、なんて。
どうやらこの義理の姉妹は今現在離れて暮らしているようだ。 特に涼水には関係のない情報が読み取れる。 「できれば何者なのか教えてほしいところなんだけどなー…」 それにはやはり対価が必要になるのだろうか、 いやでも仲介人になっている対価なんて貰っていないのだから、 バランスがとれていない気がする。 「この店のシステムとは違うのかな…」 この葉書が異世界から届いている可能性がある以上、それも否めない。
あぁ、欲しいものはメールとかで送ってくれれば良いからね? 私たちの通信手段はこれだけではないのだから。
じゃあ何故わざわざこんな方法を取ったのだろう…面倒なだけではないのだろうか。 人を通すことで相手にちゃんと届くかも危うくなるのではないのだろうか。 首を傾げる。 その瞬間、コトン、と音がして涼水はばっと顔を上げた。 郵便受けから落ちる葉書。 考えるよりも早く玄関を開ける。 「誰も、いない…」 人がいた気配すらそこにはなかった。 これを送ってくる主はもしかしたらとんでもない人物なのかもしれない。 溜息を吐いて葉書を拾い上げる。 同じ宛名、差出人、内容は、
涼水はこの手紙について非常に興味を示してくれると思う。 でもきっと私たちは会えないね。 そういうふうに世界は出来ているから、とても悲しいことだけれど。
読み終わった涼水は更に溜息を吐いた。 行動を見透かされているようで、ちょっとだけ腹立たしい。
勿論こんな方法を取ったのはただの気まぐれさ。 記念すべき節目の日に、 何か楽しいことは出来ないかな、なんて思っただけだよ。 欲しいものの連絡、よろしくね。 予算は五千円以内で頼むよ。
顔も知らない誰かがにやにやと笑っているのが思い浮かんでしまう。 表情だけ。 まるで不思議の国に迷い込んでしまったようだ。 特に白い兎を追った記憶もないのだけれど。 そこまで思って、脳裏に浮かんだのはいずみだった。 急がなくちゃ、急がなくちゃと走っていく銀色―――いや、兎という感じではない。 寧ろ狐。 でも、 「誕生日かぁ」 プレゼントの話題が出て、今更ながらこの葉書の意味を思い出した。 そうなのだ、この謎の葉書は誕生日を祝うだけのものなのだ、多分。 第三者を巻き込んでいる時点でだけとは言い難いのだろうけれど。 記憶がない分、誕生日というものに対する執着めいたものが涼水には少ない。 いずみは形式上の誕生日はくれたが、 それも何処かで本物ではないのだろうな、と思ってしまい、 意識していなければ忘れてしまう程度のものなのだ。 「プレゼントは嬉しいんだけどなー」 フードプロセッサーが欲しいな、なんて思っていると、 洗濯の終わりを告げる音が聞こえた。 干しに行かなければ。 立ち上がる前にもう一度玄関を見やる。 葉書が落ちていないのを確認してから、涼水は洗い場に向かった。
それにしても、この方法は骨が折れるねぇ。 君の為と思えば割とできるもんだけど。 それでも頭を絞るしかないのが笑ってしまうよ。
何故骨の折れる方法など選んだのだろう。 首を傾げたが、この差出人ならば面白そうだったから、で済ませてしまいそうだ。 手紙をまとめた涼水の後ろで、時計が十二時を打った。 今日のお昼は焼きそばにしよう。 涼水は葉書を棚の上にまとめ、立ち上がった。 キャベツと人参ともやしを入れて、仕上げには青のりと魚粉。 この辺りでは一般的な作り方。 そんなことを考えながら台所に立ち、野菜室に手を突っ込んで、 「ん?」 何か手触りの違うものに触れた。 引っ張りだして驚愕する。 謎の葉書、最新版。
この手紙には実はそんなに意味はないんだー。 こんなこともできるよ!っていう自慢かな?敢えて言うのなら。 人参の中に仕込んでおくとかも考えたんだけど、 それだと人参が無駄になっちゃうし。
やっぱり腹が立つ。 そして今日のお昼に人参を使うことも知られているようだ。 自分を落ち着かせるようにふぅ、と大きく息を吐いて、涼水は野菜を取り出した。 腹を立てていては、美味しいものも美味しく作れなくなってしまう。 いずみの分も作るのだし。 「よし」 沈静化していくのを確認して、涼水は包丁を握った。 いずみは屋敷中を探しても見つからなかった。 お昼を届けるついでにこの謎の葉書のことも聞きたかったのだが、 そううまくはいかないらしい。 いずみの分の焼きそばを冷蔵庫にしまい、涼水は食事を取る。 その間も頭を占拠するのは謎の葉書のことだった。 仲介人にされるのは構わないが、 謎に引き込むのは勘弁してほしいところだ…と思う反面、 少しわくわくしていることも否めない。 複雑な心境だ。 「ながら食いはよくないよね」 一端葉書のことは頭から消して、目の前の焼きそばに集中しよう。 涼水は頷いた。
数には意味があると、言っておこうかな。 それなりにサプライズに意味はあるんだよ?
新しく発見した葉書を読み終えた涼水は、今まで来た葉書を数えた。 この葉書で十一枚目。 意味があるのは全部の枚数なのか、それとも内容毎の枚数なのか…それは謎だ。 これは姉の方に投げられた謎なのだから、涼水が解く理由もないのかもしれない。 しかし気にはなる。 「悩んでても仕方ないか」 涼水は立ち上がった。 「私には私の出来ることをやろう」 妹の方は少々腹立たしいが、姉の方に罪はない。 それに、一役買うのならば。 作業が一段落して玄関に向かうと、また新しい葉書が来ていた。
実はそろそろネタが尽きてきたなんて…言えない…。 思い付いてから形にするまでに、 かなりの時間を必要とする自分のスタイルが、今はとても恨めしいよ。 もっと早く思い付けば〜ってね。 でも今年やるのが一番区切りが良いんだ。
読んで涼水はほっとした。 妹の方にとっては涼水が何をしようと気にしないらしい。 それとも気付いていないのだろうか。 どっちにせよ、自由にさせてくれるのは有難いし、ネタバレもご免だ。 そして、特に言及しなかったということは、 涼水の作業が一段落したところで葉書を見れば、特に文句もないということだ…おそらく。
うーん。 あまりにネタが尽きてきたから、 君との思い出を振り返ってみることにしたよ! …と言っても、 実はちゃんと知り合った時期を覚えていないんだよねぇ。 君を表現するのに幼馴染と言って良いのか、考えてしまうよ。 幼馴染の定義ってどこからなんだろう…。
幼馴染、と涼水は口の中で繰り返した。 自分にもそういう存在が居たのだろうか、 所々欠けたままの記憶ではそこまでは分からない…思い出す必要もないように思えるが。 それはそれで少し酷いようにも感じるが、 あそこでの生活を思い出す意味も見当たらないのだ。 そういえば、これは涼水を介しているとはいえ涼水宛てではない。 読んでいて良いのだろうか。 この葉書の差出人がそこまで心の狭い人間のようには思えないが。 寧ろユルそう。 そんなことを思いながら、 涼水は本日何度目かももう分からないが、玄関の様子を見に行った。
涼水はもしかしたらこの手紙を読んで良いのか、 と不安に思うかもしれないね。 いやはや私としたことが最初に言っておくべきだったよ。 これは涼水が読むことで初めて意味を成す。 というか、涼水が読む以外に君にこれを届ける術はないんだよね、 この場合。 現物が君に渡ることはきっとないのが少し思い出としては欠けるかもね。 君なら分かってると思ったけど、一応! もしも不安に思った涼水が読むのやめちゃったら困るからね。 まぁその時はどうにか別の方法をとるんだけど。
心を読まれているようで気持ち悪いを通り越して腹立たしい。 次に手紙が来ても読まないことにしよう、と涼水は心に決めた。 ちょっとした反抗心だ。 ふん、と鼻を鳴らしてソファに沈み込む。 たとえ人参の中に葉書を仕込める人物でも、 涼水が此処から動かなければどうしようもないだろう。 そうして、目を閉じた。 このまま少し昼寝がしたい。 うとうととしていた涼水を起こしたのは、ばん、という音だった。 何かがぶつかったような。 寝ぼけ眼で音のした方に目を移して、瞬間眠気は吹き飛んだ。 窓ガラスに何か白いものが張り付いている。 「何…アレ…」 恐る恐る近づいてみる。 べたり、と窓に張り付いていたのは鳩だった。 「何で鳩が…」 窓を開けてみる。 一度は地面に落ちたもののすぐに鳩は起き上がって、窓のさんの所にちょこんと立った。 そして幾度か首を動かしたあと、 「葉書、読んで」 しゃべった。 涼水は絶句して鳩を見つめる。 鳩は喋った事実を消そうとするかのように首をまた動かして飛び立っていった。 見送るしか出来ない。 今まで割と常識外れの存在に会ってきたが、 そういえば喋る動物というのは初めて見たかもしれない。 息を吐く。 これはこの仕事を放棄するという選択肢はなさそうだ。 玄関を見てみると葉書が落ちていた。 拾い上げる。
涼水がこの役目を放棄してしまうと私たちは非常に困ってしまうね。 どうやら思い直してくれたようだけれど。 でも鳩が喋っても涼水にとってはどうってことないかな。 とりあえずは、 このイベントが終わるまでは付き合ってくれると嬉しいんだけどね。 君からもお願いしてほしいな。
どうってことありました。 何となく頭痛がしてきそうだ。 やはりさっきの鳩を喋らせたのは妹の方であるらしい。 そしてこの内容から、涼水が役目を放棄するタイミングも分かっていたようだ。 頭痛はしてきそう、ではなく確実にしている。 「でも…」 涼水は首を傾げる。 「お姉さんの方からは何もないんだよね。 これちゃんと通じてるのかな」 この妹の方からはこうしてアクション(にしては行き過ぎな気もするが)があるものの、 姉の方からはさっぱりだ。 妹があんな摩訶不思議なことを出来るのなら姉の方にも出来るのではないか? 安易な考えだが。 その解えは直ぐに出た。
ごめんね、さっきのはちょっとしたイジワルです。 今回は君からの干渉はきっとないだろうね。 君は君で動いてくれると私はとても嬉しい。 そういうの大好きだからね。 自由に使ってくれたまえ。
今回はないのであって、姉の方もやろうと思えば出来るらしい。 その時は出来たら別の人に干渉してほしい、涼水としてはもうこんな謎うんざりだ。
私が私として涼水たちに関わるのはこういうイベント事だけ、 っていうのは言っておくね。 君は私の立場を知っているけれど。 今後主旋律の方で私が介入することはないだろう。 似た人間は出てくるかもしれないけれど、それは私じゃない。 君にくらいはそれを知っていてほしくて。
首を傾げる。 ますますわからない話になってきた。 妹の方は普段から涼水たちのことを知っているのだろうか? だけれど、介入するのはイベント事だけ… いや、普段のことには介入できない、と考えるべきか? 棚の上にまとめた葉書はちょっとした厚みになっていた。 一枚一枚が少しずつ厚みを持っているのもあるが。 「さて」 伸びをする。 「あとは仕上げだけかな!」 意気揚々と台所に向かった。 台所を全てきれいに片付けてから玄関を覗くと、また葉書が落ちていた。
さて、そろそろ終わりが近づいていること、君は分かっているかな? もうヒントは充分出したと思うけれど。 私は予想を裏切るラストも好きだけれど、王道の方が好きなんだ。
何の話だろう。 もう涼水は首を傾げることはやめていた。 今日はよくわからないことばかりだった。 この葉書もそうだが、内容も。 どちらにせよ、日常生活では特に関係のない話なのかもしれない。 この日が特別だったというだけ、 偶然にも涼水が選ばれただけ、の話なのかもしれない。 それが幸か不幸かまでは分からないが。 しかし、この謎に振り回された一日が終わるのかと思うと、少し寂しい気がする。 この仲介人が自分で良かったと、どうせなら思ってもらいたいところだが。
何度も涼水にこんな意味不明なものを受け取らせて、 悪いことをしたなぁ、と思っています。 でもまァ、君の誕生日だし。 てへぺろ。
てへぺろじゃねぇよ、とすかさず脳内ツッコミ。 葉書を棚の上に置いて、台所に寄る。 そしてそのまま玄関に向かった。
この手紙で最後になると思います。 あとのことは彼女らに任せても良いかなぁ、なんて。 都合良いにも程があるね!笑 誕生日おめでとう。 これからもよろしく。
台所に寄ってから、ソファに沈み込んで考える。 結局この謎の葉書は姉の誕生日を祝いたかっただけなのか (それにしては涼水は盛大に巻き込まれた気がするが)。 「謎は終わっタ?」 いつの間にかそこにいたいずみが涼水を覗き込んでいた。 「いずみ、ねぇ、これって結局何だったの?」 「全ては分からないヨ。 でもネ、誰かを幸せにすル為ニ、此処が一役買っタってことは間違いなさそうダ」 「こういうこと、良くあるの?」 「良くある訳じゃないケド、初めてでもないヨ」 にっこり笑ういずみはいそいそと冷蔵庫を開ける。 「手紙の数だけロウソク用意するなんテ、涼水も粋なことするよネ」 「だって…何かしたくなっちゃって。 訳分かんないから落ち着かないし」 大きめのケーキにズラリと並んだ二十本のロウソク。 真ん中にはHAPPY BIRTHDAYの文字。 「誕生日おめでとう」 名前も顔もわからない、誰かの為に。
おまけ
「涼水ー何か届いテたヨ」 「え?私に?」 渡されたそれに差出人はなくて、 「…あ」 中にはちょこんと鎮座するフードプロセッサー。 何となく差出人が分かって、 涼水は嬉しいような腹立たしいような、複雑な気持ちで笑ったのだった。
20120608