20150113恋敵からのエール 今日は愛しい人の誕生日だ。 だと言うのに、ニルギリはぷくう、とその頬を膨らませていた。 原因はたった一つ。 ニルギリの従兄弟であり婚約者でもあり、 彼女の恋慕の相手であるハルシオンが不在だったからだ。 朝起きてすぐおめかしをして、そうして同じ敷地内にある分家の本邸へとやって来たのに、 肝心の本人が不在となれば不機嫌にもなる。 それが、例の妹君に会いに行ったというのだから、尚更だ。 ハルシオンには双子の妹がいる。 何でも生まれ落ちたすぐ後に時空の歪(ひず)みに落ちたらしく、 彼は長年彼女を探し求めていた。 それだけでもニルギリにとっては、 別の女がハルシオンの心の中に居座ってるようで気に食わないのに、 運命の悪戯か、それとも世界からのご褒美か。 彼はとうとう、執心の妹君を見つけてしまったのである。 名前も知らない (そもそも現在何処にいるのか知っているのはハルシオンだけである)彼女ではあるが、 どうにもハルシオンとはそれなりに仲良くやってるらしく、 ハルシオンはこうして度々彼女に会いに行く。 屋敷の者もそれを黙認―――否、あれは推奨しているのだろう。 長いこと行方不明だった娘が見つかって嬉しいのと、少しでも様子を知りたいのと。 そんなのは想像に容易い。 理解も出来る。それに―――それに。 妹君に会いに行くようになってから、ハルシオンの表情は明らかに軟化した。 それがニルギリには面白くない。 だって先ほども言ったが別の女なのだ。 それが妹であろうと、というか妹だから悪いのだろうか。 近親相姦が推奨されている神の分家では、しかもそれが近ければ近いほど良いなんていう、 きっと外の世界の者が聞いたら卒倒するような仕組みなのだから、 双子の妹だなんて好物件すぎるのだ。 もし掛け合わせて生まれてくる子供の血の濃さを引き合いに出されたら、 ニルギリに勝ち目はない。 もしも、ハルシオンが望めば、そう思って首を振る。 彼は、そういうことを望んではいない。 神の分家というとてもとても重要な立ち位置に、彼は立っている訳だけれども。 もしも彼がその身をこの血へと捧げて良いと思っていたとしたら、 まずそもそも、妹君を見つけることはなかったはずなのだから。 分かったような口を聞いたらきっと、 彼はまたニルギリを打(ぶ)つだろうから、口にはしないけれど。 痛いのが嫌な訳ではない。 彼に、そんなことをさせるのが、嫌だった。 そんなふうにふくれっ面をしては屋敷の者に茶を振る舞われて、 機嫌をとってもらって、なんてしていたらあっという間に午後になった。 ゴン、と鐘の音がして、ニルギリは愛しい人が帰って来たことを知る。 「ハルシオン様!」 「…お前か」 メイドたちの後をついて出迎えた玄関で、包帯の向こうの目が少しだけ細められたのが分かった。 見えなくても、彼に好かれていないことは分かっていた。 「お誕生日、おめでとうございます」 ぺこり、頭を下げる。 幾ら婚約者と言えども、ニルギリの地位は結婚するまでは完全にハルシオンより下だ。 それを、間違えてはいけない。 「………ありがとう」 だから、そう返って来たことに目をぱちくりさせた。 あの、ハルシオンが。 礼を、言うなんて。 「昼は食べたか」 「え、ええ…」 「じゃあ茶だな。来い」 さっさと歩いて行ってしまうハルシオンに、また目を瞬(しばたた)かせる。 メイドに声を掛けられるまで、ニルギリは動けなかった。 入った応接間では既にハルシオンがソファに座っていた。 向かいの席を指される。 彼にとってまだニルギリは客≠ネのであると言われたようで、少しだけ胸が痛んだ。 けれども顔には出さずに(気付かれている可能性もあるが) (気付いていて態度を改めないというのは大いに有り得る)向かいの席へと腰を下ろす。 そしてそこで初めて、彼が何かを持っていることに気付いた。 可愛くラッピングされた、箱。 「アイツがくれた」 ニルギリの視線に気付いたのか、ハルシオンは呟く。 アイツ、と。 この状況でそれが指し示すのは一人しかあり得ない。 また、と思う。 また、ニルギリはあの女に敗けた。 ニルギリの様子などお構いなしに、ハルシオンは包装をべりべりと向いていく。 丁寧。 手つきを眺めながらそう思う。 やはり、妹君からだからだろうか。 彼にとって、そんなに肉親というものは大切なのだろうか。 ふ、とその唇が弛む。 「アイツらしい」 がさがさ、と中のクッションだろうか、紙をかき分けて、取り出されるプレゼント。 「僕とお前にだ」 ことり、と目の前に置かれたのはピンクのカップだった 可愛らしいスプーンとフォークも付いているようだ。 もう一つ出されたのは水色のカップ。 それはハルシオンの前に置かれる。 「私?」 ああ、と頷かれる。 「どうして………」 「僕が話したからだろう」 はなした。 ハルシオンが、ニルギリのことを。 妹君に。上手く想像が出来なかった。 ニルギリが妹君を見たことがないのもあるだろうが、 ハルシオンが誰かにニルギリのことを話すという、それもまた想像が難しい。 「お前と、」 固まるニルギリなど気にせずに、ハルシオンは続けていく。 「お前と、もっと、話す時間をつくるべきだ、と言われた」 それは、妹君に、だろうか。 ぼうっと聞く。 そのまま話が流れて行ってしまいそうだ。 捕まえておかなければならないのに、現実についていけない。 「一緒になると決まっている者と、何も話さないのは、可笑しい、と。 この先、自分の首を絞めることになる、と」 それは。 それは、ニルギリにしたら、告白に同義だった。 「…ハルシオン様は、私のことを認めていないのだと思っていました」 ずっと。 そう思っていた。実際に言われたこともある。 掟さえなければ前のことなんか視界にも入れたくない―――そう言っていたのに。 一体、彼の中でどんな変化があったのか。 嬉しいことのはずなのに、それをさせたのが他の女と言うだけで素直に喜べない。 けれど。 「僕は別に、お雨のことが嫌いな訳じゃない」 勿論、好きでもないが。 そう付け足された言葉は耳に入らなかった。 ぶわり、嫉妬が歓喜に凌駕される。 ああ、ああ。 こんな日が、来るなんて。 「ハルシオン様!」 抱き着く。 彼なら避けられただろう、彼は実力で上二級まで上り詰めた天才なのだから。 それを避けなかった、それが何よりもニルギリには許しだった。 「大好きです!!」 嫌そうに深まる眉間の溝も、今はまったく気にならない。 変わっていける、そう思った。 ハルシオンも、ニルギリも。 「ハルシオン様」 そのままの状態で囁く。 「生まれてきてくれて、本当にありがとうございます」 いつか、この二つのカップのように。 並んでいても、違和感を覚えない二人になれたら、と願った。