20140608Outremer lapis はい、これ、いってらっしゃい。 朝一で黎明堂に来てね、と言われた通りに朝一でやってきたその場所で、 突きつけられるように渡されたのはチケットだった。 魚の絵が書かれているそれには、有名な水族館の名前が印字されている。 「二枚あるけど」 「相手は多分もウ行ってルと思うカラー」 そういう問題なのだろうか、 首を傾げる前にほら行った行ったと裏口から押しだされ、次の瞬間には水族館の前にいた。 「…あ」 声に顔を上げる。 「あ、相手ってYだったんだ」 「はい…凜さんだったんですね」 いずみは頑なに相手を教えてくれなくて、と曖昧に微笑んで見せたのは、 最近黎明堂に顔を出すようになった少女だった。 今日はいつも深緑の制服ではなく、茶色のキャスケットに白のブラウス、 サスペンダー付きの黒のショートパンツにキャメルのショートブーツ、 といった具合の私服だった。 これで虫眼鏡でも持っていたら完璧なのになあ、なんて思う。 ちなみに凜の方はと言えば、裾にリボンがついてくしゅっとした青のノースリーブに、 白い半袖の薄いワイシャツのような上着、七分丈のデニム、 そしてプラスチックの宝石が散りばめられた、ゴールドのヒールサンダル。 「今日はお店お休みなんですか?」 「ん、店の方はやってるよ。休みなのは私だけ。誕生日休暇」 そう、今日凜が店を離れてああして朝から黎明堂へと顔を出すことが出来たのは、 近年導入した嬉しい制度のためである。 勿論、仕事があったとしても、職場では従業員たちが祝ってくれるだろうが、 やはりそこは誕生日。気のおけない仲間たちに直接祝ってもらえた方が、嬉しいというものだ。 「あ、今日誕生日なんですか、おめでとうございます」 「ありがと」 「実は僕も今日誕生日でして」 「えっ、そうなのおめでとう。それでYと私なんだね」 「そうでしょうね」 きっと脳裏に浮かんだ面子の顔は一緒だった。 恐らく、こうして二人で遊ばせておいて、その間にパーティーの準備でもするのだろう。 なんだかんだとお祭り騒ぎが好きなのだ、あの店周辺の人々は。 「じゃ、行こっか」 「はい」 どちらからともなく差し出した手が絡んだ。 水族館は楽しかった。 凜も仕事柄休みが取りにくく、 とれても大概はこういったレジャー施設よりも他のレストランへ行ってみたり、 黎明堂に入り浸ったり。 いずみたちもそういうことを分かっていたからこそ、水族館という場所を選んだのかもしれない。 平日だったからか、人は少なかった。 「あ、マンボウいるよ」 「ほんとだ!動いてる!」 「そりゃ動いてるでしょ」 「いやほら、時々浮いてることもあるし…」 だからこんなふうに、別の利用客の会話が聞こえてきたりもする。 背の高い女性二人組だった。 と言っても凜の身長と同じくらい、ではあるのだが。 隣にYがいるからそう思ったのかもしれない。 どことなく似た雰囲気の二人に親近感を抱きながら、次の水槽へと進む。 「あっなにこれー動きがゴキブリみたい」 「ゴキブリって、凜さん。この白いエビみたいなのが可哀想ですよ」 「とか言う割にはYめっちゃ笑ってるじゃん」 「…だって、言われてみると本当にそう見えてきて…」 くだらない会話をしながら魚を眺める時間はのんびりしていて、 いつもと違うことをしている新鮮味もあって。 「今日はありがとね」 土産物屋についた時、凜はぽつり、と零した。 Yはと言えば一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐにふわり、と微笑んでみせた。 前髪で瞳は隠れているのに、嘘っぽくないな、なんて思う。 「僕こそ、ありがとうございます。 凜さんと一緒にあれこれ魚を見るの、楽しかったです」 おみやげ、どうしましょうか。 はにかんで逸らされた話題に、また戻ることはしなかった。 土産のお菓子と、きっと用意されているであろうケーキとご馳走と。 今日はとても良い日になったしなるんだろうな、と凜は満足気に笑った。凜・Y誕生日おめでとう!