そういえば、と話を振った時に気付くべきだったのかもしれない。
「総司には、もう会えないと思え」
近藤さんの頬に、力がないことに。



一歩進んで二歩下がる
あまりに残酷な言葉に俺は言葉を失った。 はく、と空気を吐く唇がきっかり決まっていたかのように三回空振りをしたあと、 ようやくびりびりと腕が痺れるのを感じた。 「どういう、ことですか」 どうやら俺は机を叩いたらしい。 仮にも上司に向かってそんな態度、昔からの付き合いでなければ許されなかっただろう。 総司に会えない、とは。どういうことなのか。 数日遠くへ出る用事があって、帰って来てあの子供の姿が見えなくて、だから話を振ったはずだ。 そんな言葉が聞きたかった訳ではない。拳を握る。 近藤さんがゆっくりと息を吐いた。 その仕草だけで、彼もまだ、その事実を飲み込めてないことが分かってしまう。 同じ釜の飯を食った仲間だった、新選組が組織になるよりもずっと前から。 「…体調が優れなくてな。今は俺の家で療養させているが、近いうちに実家に帰そうと思っている」 「違う、近藤さん。俺が聞きたいのはどうして、ってことだ。 理由を聞いてるんだ。なんで答えてくれないんだよ!?」 体調不良は分かる、ここ最近、あの子供は妙に咳き込むことが多かった。 そこまで思い出して、目を見開く。 まさか。 俺の行き当たった答えを察したらしい。近藤さんが頷く。 「健康診断の結果を、覚えているな」 疑問符もなかった。近藤さんはもう、俺が理解したことを理解している。 医師センセから渡された隊士たちの健康状態。その中に、黒く沈む、肺結核という文字。 それが誰なのか、今の今まで知らされていなかったけれど。 あの時きっと、近藤さんも医者センセも、わざとその隊士の名前を見せなかった。 「それが………総、司…?」 頷いてほしくなんかなかった。だから顔を覆って崩れ落ちた。 本当は、分かっていた。 最近の体調不良も、咳き込んでいたことも、記憶に蓋をして、気付かないふりをして。 認めるのが怖かったのだ。こんな、いつ死んでも可笑しくないような世界にいるのに。 総司がいなくなってしまうなんて、そんなことはあり得ないと思い込んでいたから。 ふらり、と立ち上がる。 「やめろ」 近藤さんの静かな声に、足が止まる。 「やめろって、何を、」 「お前が行ったところで何をしてやれる?」 息が、 「総司が辛くなるようなことを、増やしてやるな」 息が出来ない。 「今は行くな。何も言わず、行かせてやれ。あいつのことを思うなら。 …向こうについたら、文でも書くように言っておくから」 とん、と肩を叩かれて、やっとのことで立っていた身体はまた崩れ落ちた。 そのまま、近藤さんが部屋を出て行くのを見送る。 総司のことを、思うなら。 そんなことを言われてしまえば、この先取れる行動なんて一つしかないのだ。
20150409