ショートケーキの苺
僕の大切なもの びええ、と泣き喚く弟を母がなだめている。 「だめよ、旬。あれは晴のものでしょう。貴方には別のものをあげたでしょう?」 自分の手にあるこの玩具が欲しいらしい。 確かに先週のクリスマスには寝ている間にサンタクロースがやって来て、 それぞれに一番欲しかったものを与えていったはずだ。 自分にはこの玩具を、旬にはまた別の玩具が来ていたはずだ。 先週一緒になって箱を開けて、二人で居間を走り回って喜んだのは記憶に新しい。 サンタクロースの持ってきた旬の玩具はテレビの前に打ち捨てられていた。 まだ新品なのが良く分かるのだから、遊びつくしてしまった訳でもないだろう。 飽きてしまったのか、それとも、ただ単に自分の持っているものが欲しいのか。 暫く悩んだ挙句、すっと持っていた玩具を差し出した。 母が目を丸くする傍らで、旬はぱちくり、とその涙でぐしょぐしょの顔で見上げてきた。 「やる」 一言。 しかし旬にはそれで十分だったらしく、 まだ汚らしい顔をぱあっと輝かせて玩具をひったくるようにして持っていった。 「…良いの?晴。大事なものだったでしょう?」 母の言葉に目を細める。 確かにあれはずっと欲しかったものだ。 サンタクロースが持ってきた時とても嬉しかったし、大事にすると決めた。 けれど。 「良いんです、母さん。旬の笑顔の方が、好きですから」 この思いは紛れもなく、愛情だと思うから。
白狐の黎明堂
ショートケーキの苺 今日は良い兄さんの日らしい―――たまたま黎明堂に遊びに来ていたHがぼそりと呟いた。 「ということで存分に甘えろ」 わざとらしく両手を広げるHに、いずみは眉を寄せる。 「イヤ、たっタ数分の差で兄ぶられてモ」 そもそも兄妹だっていうのも今更だし。 自分で出して来たケーキを頬張る。 近くのケーキ屋で買ったお気に入りのケーキだ。 美味しい、と小さく頬を緩ませる。 無視された両手を膝の上に戻して、Hもケーキに手を付けた。 「美味しいな」 「気に入ってルお店のだからネ」 当たり前、とお茶を啜る。 自分の好きなものに共感を貰えるのは、心地好い。 「…食べるか?」 何を思い付いたのか、小さなフォークに苺を差して、ほら、とHが差し出す。 「…そんなニ兄ぶりたいノ?」 呆れしか言葉にならない。 「まぁ、そりゃ。兄だし」 「そウ。デモいらなイ。 苺単体ならまだしモ、ケーキの上の苺をそれダケで食べルのは趣味じゃなイ」 ケーキはそれが一つの作品なのだ、 その味を崩して一つだけ食べるなんて、味わい方を間違えている。 そういった主張はHには通じなかったらしい。 無理矢理押し込まれた。 「嫌いな訳じゃないんだろ?」 「そういウ問題じゃないヨ、兄さん」
白狐の黎明堂
world 吐きそうな程甘い人だと思っていた。 美しいその外見も、それにふさわしい中身も。 しかしどれだけわがままを言ってもその真意を汲み取ってしまって、 いつでも優しく頭を撫でてこられては、反抗のしようもないのだ。 「ボクはいつか、この国を変えてみせるよ」 穏やかに微笑む、兄が好きになれなかった。 兄は優しい。 だからこそ、いつの日かこの国という大きな魔物に、取って食われてしまうのではないか。 その首が悪党のものの如く、晒されてしまう日が来るのではないか。 予知とも言えない。 幼い頃からあった確かな恐怖。 だからこそその手を取って、最期まで共にすると誓った。 けれども今思えば、そういった可愛らしい誓いさえ、見透かされていたように思うのだ。 すべてを掛けて、お前に、素晴らしい世界を。 「…馬鹿だな、兄さん」 もうその言葉は伝わらない。 「兄さんがいなくちゃ、どんな世界だって無意味なのに」
紫電一閃
いい兄さんの日!(フライング)
20131122