「すき」
「ハッピーバレンタイーン」 語尾に星が付きそうな明るさで黎明堂に入ってきたのは、涼水の予想通り。 「凜さん、いらっしゃいませ」 「やっほーすずちゃん。ハッピーバレンタイン」 「ハッピーバレンタインです、これ凜さんに」 「ありがとー。これは私から」 掌に落とされたのは綺麗にラッピングされた小箱だった。 それを見ると自分の包装したものが貧相に見えてくる。 しかしながら以前そう零した時に、 こういうものは優れている・優れていないじゃないの、 気持ちだよ、気持ち!と叱られたので、口にすることはしない。 「いずみも呼んでお茶にしましょう。ゆっくりしていけますか?」 「うん、大丈夫だよー夜にはお店の方に顔出したいけど、それまでは暇」 「良かった」 そんな話をしながら居間へと向かう。 おやつだよ、と廊下の向こうの書斎へ呼びかけたらいずみはものの数分で現れた。 流石おやつの力である、他の時は部屋まで行って声を掛けなければ気付かないというのに。 三人揃ったところでいただきまーす、と声を合わせてお菓子を開けに掛かる。 凜にもらった小箱を丁寧に開けると、中には丸っこいチョコレートが鎮座していた。 一つ取り上げて口に入れる。 「美味しい!」 外のチョコレートも美味しいが、 薄いそれを歯で割ると、中からとろりとしたソースと何やら果肉が出て来る。 「柑橘系…ですよね。でもオレンジじゃないし…」 「あ、それゆずだよ。美味しいなら良かった」 ちょっと実験的なところもあったんだ、と笑う凜に涼水は頷く。 実験とは言え普通に美味しい。 このまま店に並んでいても不思議ではない。 「ゆずですか! オレンジとチョコは良く見ますけど、ゆずも合うんですね〜」 「でしょでしょ。 私ゆず好きだからね、 好きなもの合わせたら美味しいんじゃないかってやってみて正解だったよ〜」 その言葉に、 今まで一言も発さずに涼水の隣で黙々とチョコレートを食べていたいずみが顔を上げた。 「アレ、凜っていちごが好きなんダと思ってタ」 ぽつり、零されたのはそんな言葉。 涼水は勿論、言われた凜も首を傾げている。 「いちご?」 「ウン。いつモ飴とかチョコとか、いちご味ばっかリ食べてたカラ」 好きなんだと思ってた、といずみは続けた。 でもその反応じゃ別にそういう訳じゃなかったんだねーという言葉に、 凜は少し考えこむようにして、それからああ、と小さく呟く。 「好きになってた…のかな?」 「好きになってた?」 思わず尋ねた。 少し引っかかりのある言い方で、好奇心が湧いたというのもある。 こうしていつもお菓子を持って遊びに来てくれる回数は、 常連の中ではダントツに多いのだろうが、それでも凜のことを良く知っているとは言いがたい。 涼水は、彼女といずみがどうやって知り合ったかすらも、知らない。 そんな興味本位の問いに返って来たのは微笑だった。 いつもの笑みではなく、何処かドキッとするような、艶めいた微笑み。 「なーいしょ」 そう言って唇に指を当ててみせた凜は何かを懐かしんでいるようにも見えた。 最後の一欠が涼水の口の中で溶けていく。 ふわり、とゆずの甘酸っぱい香りが、鼻腔を抜けていった。
バレンタインリクエスト for はるた
20140214