「タクシーの運転手が、」
後部座席から小さく声がする。
「雨の日に女の人を乗せて、
そしてその女がとあるお宅の前まで来ると急にふっと消えてしまうって話、ありますよね」
知っていますか、と尋ねて来るそれに返事はしない。
鈴が転がるような可愛らしい声だった。
こんな雨の日には似合わない、春の陽だまりのような声。
「後部座席を調べてみるとその女が座っていたはずの場所はうっすらと濡れていて…
っていうものです。
また別の話だと、此処で降りますって言って、
お金取ってくるから待っててくださいって言ったっきり出て来なくて、
訪ねてみるとその女はずっと前に死んでいた。
家族が彼女を乗せて来てくれたことに感謝して、
代わりに支払ってくれるっていうものもありますね」
やけに詳しく説明してくれるそれはやたらと弾んでいて、
話している、その行為自体が彼女にとってとても楽しいものなのだと感じさせた。
「あれ、元々は外国の話で、ヒッチハイカーが消えるってものらしいです」
それでも尚だんまりを決め込む。女が存在しないかのように、
その喋り声が聞こえないかのように。
しかし彼女はそれが振りだと分かっていると言わんばかりに続ける。
「可笑しいですね、都市伝説ってものは。
その土地にあうように形を変えて伝わっていくんですから」
もうすぐカーブがやってくる。
雨の日だが、まぁ大丈夫だろう。
そう思いながらハンドルを握り直す。
さて。
ぎゅいん!と音がした。
遠心力の働くままに傾きながら道から飛び出さないように車を操る。
それと同時に後部座席でぎゃん!と悲鳴が上がった。
ちらりと見遣ったルームミラーで、その後部座席の女が外側にふっとばされていくのが見えた。
「…シートベルト、してないからだ」
自分の荒い運転のことは棚に上げて呟く。
しばらく車を走らせてから道の駅で止まって、
一応、と言ったように後部座席に塩を撒いておいた。
知らないうちに後部座席に乗り込んでぺらぺら聞きたくもない話をするなんて、
非常識にも程がある。
20131004