森野紅絹の部屋にはその日、親友兼幼馴染の桐生鹿子が来ていた。
アルデンテの日曜日
彼女がずっとむすうっとしている理由を、紅絹はもう分かっている。
元々人の感情の機微に疎い訳ではないのだ。
世間一般ではわかりにくいであろう鹿子の感情だって、
これだけ長く一緒にいるのもあって、恐らく彼女の兄を除いたら一番に理解出来るだろう。
息を小さく吸って、鹿子、と呼び掛ける。
「…鹿子は、絢太が嫌いか」
「嫌いなのとは違う」
呼び掛けられることを予期していたのだろう。
その返答は間髪入れないものだった。
「今のところは、だがな。
ただ、得体が知れないだけだ。
今まで紅絹のそれを見破った人間がいたか。真っ向から指摘してくる人間がいたか」
「………鹿子の、お兄さん」
「そう、僕の兄さんだけだ。でも、原田絢太は兄さんとは違う」
鹿子の眉間には皺が寄っていた。
紅絹はそれをむにむにとほぐしてやる。
やめてよ、と笑い声を上げる鹿子に、紅絹はほっとした。
絢太のことは、嫌いではない。
それは、今まで人間に対して好き嫌いを考えて来なかったからなのかもしれなかったが。
「あれは、僕が観測し得なかった人間だ。だから、観察を怠れない、それだけだ」
だから、紅絹が気にすることはないんだよ。
紅絹は好きに動いて良い。
僕はそれをちゃんと守るから。
―――鹿子はね、臆病なんだよ。
ふいに、そういう会話を思い出した。
鹿子が風邪を引いた時、こっそりとそう囁いたのは彼女の兄だ。
まもりたい。
それをいつも言っているのは、彼女の方だったけれど。
手を伸ばす。
不思議そうな顔をした彼女を、そのまま抱き締める。
「紅絹…?」
「なんでもないけど…こうしたくなった」
嫌か? と問えばそんなことない、と返された。
なので、そのままくっつき続ける。
暫くするとはっと息を飲む音が聞こえたので、何事かと思っていれば。
「…紅絹、もしかして、あの犬にこんなことされたとか…!?」
「鹿子、それはないから安心して」
心配性で臆病な親友を守りたいと、強く思った。
20141213