20141213代替行為 「好きです。付き合ってください!」 名も知らない―――と言えれば良かったのだが、 残念なことに、非常に残念なことにその言葉の前に自己紹介を受けていた。 後輩、らしい。 体育祭の時に救護テントで一目惚れしたのだとか。 イメージを優先して保健委員なんてやるのは間違いだった、 やはり図書委員にしておくべきだった。 それだったらきっと、紅絹を一緒にいられたのに。 そんなことを思いながら、“私”はにっこりと笑う。 「お気持ちは、嬉しいのですが…でも、私、貴方のことを良く知りませんし、 それに、今はお付き合いとか、考えられないんです」 勉強が、大変で。 仮にも進学校であるこの学校でそう言えば、大抵の人間が引き下がる。 困ったことに僕の成績はそう良くない。 馬鹿ではない、でも秀才でもない。 そんな適度なところに落ち着いているのはとてもやりやすいので感謝している。 「あのっ、でも、あの………お試しでも、良いので」 聞き覚えのある言葉に目眩がした。 お試し。 お試しなんて。 あの憎き王子様が僕の紅絹に言った言葉と同じじゃないか。 “私”は負の感情など外に出さないので、目の前の男子生徒に僕の怒りは伝わらない。 けれどもそれは確実に、僕の前では絶対に使ってはいけない言葉だった。 それを彼が知らなくても。 人には地雷がある。 それを知らない歳でもない。 けれども“私”は突然キレたりしないから、本当にそこに感謝して欲しい。 その設定に感謝して欲しい。 それがなかったら今すぐ殴り倒している。 実のところ、僕は結構強い。 「そういうのは…ちょっと、真面目に向き合っていないような気がして…」 「そんな、オレはこんなに真剣です!」 そういう問題じゃない。 「あの、ほんとにっオレ、先輩の言うこと、何でも聞きますから!」 何でも聞くというのなら大人しく引き下がって欲しい。 でも“私”はそんなことを言わないから、困ります、としか言わない。 というか、僕はゴミ捨ての最中なのに。 両手にゴミ袋だ。 察しろ。 早く捨てさせろ。 がさり、と音がした。 僕の手からではない。 後ろ。 「…あれ、桐生さん」 このタイミングで空気を読まずに乱入して来たのは、 やはりというか空気の読めない王子様だった。 「………原田くん…」 うるり、とした“私”の目にびっくりしたのか、原田絢太の手からゴミ袋が落ちる。 「え、何、桐生さんどうしたの!?」 慌てて駆け寄ってきたところを見ると僕たちの幻視はあながち幻でもないのかもしれない。 「い、いえ…なんでも…」 「なんでもない訳ないじゃん。そんな、」 演技だと分かっているのに乗ってくるのは、彼の善意がそうさせるのか。 本当に腹立たしい。 紅絹がその善意の犠牲になるようなことがあったら、僕はきっと彼を殺すだろう。 男子生徒は、きょろきょろと“私”と原田絢太を見比べていた。 彼もこの王子様のことを知っているらしい。 「あのっオレ、今、先輩に告白してたんです!!」 「えっ」 今のはこんなやつに、という意味合いだったろうか。 あとで脛を蹴飛ばそう。 「だから、その、王子様!邪魔、しないでください。 貴方はその、コケシに今夢中、なんですよね」 言葉選びが高校生とは思えない感じだったが、突っ込みどころはそこじゃあなかった。 「その、コケシっていうのは紅絹のことか」 ゆらり、王子様が微笑む。 「オレの前でそれを言うって、いい度胸だな」 先輩という立場を、最大限に着た良い言い方だった。 後輩がヒッと声を上げる。 それを確認してから、“私”は原田絢太の制服の裾を掴む。 がつーん。 後輩に百のダメージ。 こうはいはしんでしまった! というのは言い過ぎだが、まぁ、結構なダメージが行ったらしい。 「そういう…ことですか…」 よろよろと、彼は方向転換をして、元来た道を戻っていく。 僕はゴミ袋を持ち直す。 「………ありがとうございます」 「イイエ、ドウイタシマシテ」 片言に聞こえるのは喧嘩を売られているのだろうか。 「原田くんは巻き込まれ体質なんでしょうか。きっと、明日には貴方の二股疑惑が流れますよ」 「あ、やっぱり…?まあ紅絹が分かっててくれれば。 それに、オレ、前も言ったけど桐生さんのことも好きだし」 「そういう愛の安売りは信用されませんよ」 王子様がゴミ袋を拾うのを待ってから、ゴミ捨て場へと向かう。 基本的に平和主義者のボケ王子が紅絹のことを貶されて、怒ったのは。 演じてるが故に怒ることの出来なかった僕への配慮なのだと、 分かってしまうから脛蹴りは勘弁してやることにした。