桐生さんはオレのこと嫌いなの。
そんな馬鹿げた質問に僕が思いっきり顔を顰めたのは、紅絹を待っている時だった。
寝言は寝て言え王子様
紅絹が図書館に用があると言うのだから仕方ない。
一緒に帰りたいと言うのだから仕方ない。
横にいるそれは完全なるおまけというか、
とてつもなくいらないおまけなのだが、それは紅絹の決めることだから仕方ない。
周りには高校生はいないようだった。
閑散とした図書館。
人は来ているのか、それすらも怪しい。
その入口でどうしてこんな馬鹿な王子様と肩を並べているかと言うと、
紅絹が待っていてくれと言ったからだった。
「オレは桐生さんのことも好きだけど」
「ア?」
「すみませんそういうのじゃないです」
次いで聞こえた更なる馬鹿らしい言葉に、思わず濁った声が出た。
すぐに飛んでくる謝罪。
どうやら原田絢太は僕のことが苦手らしい。
かと言って、“私”の方が良いということもないようだ。
良く分からない。
未だにこの犬に関しては情報不足だ。
えっと、と原田絢太は言葉を探す。
噂では紅絹に毎日アタックしていると言うのに、
どうにも僕と喋る時は腰が低く、そしてひどくどもる。
それを見ていると苛々する。
「その、隠し立てしても無駄だと思うから、
正直に言うけど…紅絹のことは、きっと恋じゃないんだ」
「余程喧嘩を売りたいと見える」
「違ッ…だから、話は最後まで聞けって」
僕がぎゅっと握った拳を、原田絢太は慌てて止めた。
「恋じゃないけど、なんか、その…多分愛ではあるから。
オレは、この感情をなかったことにはしたくないし、無視もしたくはないんだ」
なんて、おめでたい人間だろう。
僕の目にはやっぱり垂れた耳が見えていた。
幻視である。
この幻視が見え始めたのは紅絹に話を聞いてからだから、紅絹の所為なのだろう。
紅絹の所為であっても別に、彼女を責めるつもりなどないが。
おめでたい考えに、腹が立つ。
「…勘違いをするなよ」
低い声が出たものだな、と思う。
男顔負けではないか、別に僕は僕と言ってるからと言って、男になりたい訳ではない。
ただ単に、それが一番しっくり来た、それだけの話だ。
「害がないと思うから放っているだけと自覚しろよクソザコが。紅絹を傷付けたりしてみろ」
指先を。
まるで、ナイフか何かのように。
「僕は、お前を絶対に許さない」
怯えが震えになって、
原田絢太の頭のてっぺんから爪先まで走っていったのが見えたような気がした。
は、と小さく犬は息を吸う。
「…桐生さんに、そう言われたからじゃないって、前提はさせてもらうけど。
オレは、絶対に、紅絹を傷付けたりしない。誓う」
じっと、真っ直ぐな目で。
忠誠を誓うような目で。
これを幸せと言うのだろうな、と思った。
そうしたら、この身勝手な王子様のことも少しは許してやろう、という気分になった。
20141213