紅絹、と呼ばれる。
もう教室で絡まれることは避けられなかったし、
初日はなんだあれと言っていたクラスメイトも
気付けばそういうものだとスルーするようになってきた。
スルーするな。
そう頭を抱えたい紅絹は、子犬に懐かれたようなだな、と思っていた。
小さな頃、拾えなかった子犬。
飼いたいと言ったけれどどうしても家では無理で、
里親を探してばいばい、と手を振ったあの子犬。
元気だろうか。
「日曜日暇?」
「特に用はない」
そんなことを考えていたものだから、うっかり答えてしまった。
「じゃあデートしよっ!!」



でぃすたんす!
日曜日、駅前に十時と言い残して絢太が走り去っていったのは金曜日の放課後のことだった。 面倒だと言いかけた紅絹に、 面倒ってことは嫌ではないんだ!?と押し切られて、その後結局逃げられた。 極めつけは最後の台詞だ。 「オレ、お前が来るまで待ってるから!!」 紅絹の頭に浮かんだのは雪の中、寒さに震える捨て犬。 冬と言えども雪が降るような地域ではないのだが。 きゅうん、鳴き声まで聞こえてくる。 幻聴だ。 しかし。 幻聴まで聞こえるようになってしまったということは、 それほどまで絆されてしまったと言うことだ。 親友曰く、良いだろ、今まで知らなかった感情が知れんだから、だそうで。 もし紅絹が嫌だったらぶっ飛ばしてやるから、なんて頭を撫ぜられてしまえば逃げ道はない。 はぁ、とその背中を見送ってから紅絹が盛大に吐いたため息に、 クラス中が生暖かい目線を送ってきた。 土曜日、紅絹の部屋には親友兼幼馴染がやって来ていた。 「正直、どれ着ても似合うと思うけど」 そんな投げやりな意見にそれでいいのかと問えば、 紅絹が着飾るのがあの犬のためって思うとムカつく、と返って来た。 相変わらずの返答に、笑う。笑ったつもりになる。 「紅絹の笑顔、すき」 この親友兼幼馴染は、それを読み取ってくれる。 紅絹の中に、明日行かないという選択肢はなかった。 あの幻聴と幻視の所為にしたい。 子犬を、寒い中放っておけるほど、紅絹は人非人ではない。 親友はこれを知っているから、何も言わないで服選びに付き合ってくれる。 「そういえば、何で服選びなんか?」 「そういう…ものなんだろう?」 デートと言うのは、と呟くと、ああ…そういう、という少し呆れたような返事があった。 「別に、着飾りたいと思わないなら良いんだよ」 「良いのか?」 「良いんだよ」 「でも、」 お前は、楽しいだろう。 静かに呟いたら親友が固まるのが分かった。 「ああー…もう…」 そこに立て、と命じられる。 命じられるままに立つ。 「明日の天気はーくもりか。じゃあこれとこれとー…紅絹ってマフラー何色あったっけ」 「紺、赤、緑基調のチェック、ピンクの白の水玉…あと何かあったか」 「うーん、じゃあ水玉にしてみるか。コートあれと合わせれば」 「…すごいな」 素直に感想を言えば、そうでもないよ、と返って来た。 そして、日曜日。 「ふう…っ、さむ…」 まだ九時だと言うのに駅前には絢太の姿があった。 早く来過ぎた、と手を息を吹きかけて、その息が空気を白く染めて消えていくのを眺めている。 馬鹿なのか、と思った。 その顔が上がる。 そして、 「………紅絹」 まだ一時間も前だ。 言った本人がそれを忘れているなんてないだろうに。 絢太の頬がゆるゆると緩んでいく。 二人して同じこと、これはシンクロ。 そう思っているのが手に取るように分かる。 単純。 「馬鹿じゃないのか。こんな寒い日に、風邪引くぞ」 「紅絹だって」 嬉しそうに駆け寄ってくる絢太にそう呟けば、にこにこと笑顔を向けられる。 「…なんとなく、お前が早く来そうな気がした。お前に風邪を引かれるのは…後味が悪い」 「そっか」 手が差し出される。 言い訳のように付け足された寒いから、という言葉に紅絹も渋々手を出してくる。 重なる、温度。 人間の、温度。 「とりあえず、どっか入ろっか。あったかいもの、飲もう」 「そうだな」 こんなに寒いし。 紅絹の言葉で絢太が歩き出す。 「おい」 「オレはおいじゃないです」 「原田」 「名前で呼んでくれないの?」 「………絢太」 尻尾が見えた。 やはり幻視だ。 「…なに?」 「そんなに強く握らなくても、私は逃げない」 勢い良く振り返られた。 「なんだ」 きらきらした表情で前進だー!とはしゃいでいる絢太に、紅絹は首を傾げるしか出来なかった。
20141212