増える生傷、消えない古傷
一番じゃなくて良い、そう言って抱き締めたのは嘘じゃない。
溜息を吐いた。
「…ごめんね」
無理矢理と言ったように笑った顔は痛々しくて、こういう性格の子なんだと思う反面、
そうさせているのが自分であることに悦めいた感情を抱いた。
「二番目、っていうのは簡単だけど、そんなに器用に出来ない」
馬鹿正直に真っ直ぐ生きようとする子なんだと、奇麗事で食っていけないと喚くくせに、
自分はあまりに奇麗に生きようとする、生きづらそうな子。
でも、そんなところが好きなのだ。
「…分かった。
でも、まだ好きでいるから。長期戦覚悟しといて」
狡いだろうな、と思ったけれども、きっとそれはお互い様。
ことこと
「お前誰にでもそんなことすんの」
熱に浮かされて口を継いで出た言葉は、あまりにも嫉妬めいていた。
「誰にでもはしないよ」
狭い部屋に備え付けられた台所に立った、その後姿のまま返答される。
台所が似合うなぁ、なんて、それは先入観だろうか。
「なんで俺にはしてくれんの」
「仲良いからじゃない」
望んだ答えは返って来ない。
返って来ない方が良いのか、あまりに現実味がありすぎて物語みたいだ。
「…そう」
「何、仲良くないの、あたしたち」
「ううん、そうじゃない」
寝返りをうって向きを変えた。
視界に壁、これで良い。鍋が揺れる音と美味しそうな香り。
ただあまりにか弱そうな背中だけが、瞼の裏から離れなかった。
俺を誰だと思ってる
「雁来のこと好きなんだ」
疑問符はつけなかった。
彼女は俯いて何も言わない。
「ま、別に答えなくていいけど」
好きな人なんて誰彼構わず広めて言うことでもないのだ。
それが同性ならばなおさらだ。
「でもちょっと気になるかも。
雁来だからなの?それとも女の子じゃなきゃだめ?
俺には可能性って全然ないのかなーとか。いや、可能性ないからって諦めたりしないけど」
でも出来ることなら可能性はあった方が良い。
「…前者だよ」
その一言にどれだけ安心したか、きっと彼女には分からない。
煙草の効用
煙草吸ってる君って格好良いよね。
そんなことを言ってくれたのは何人前の彼女だったか。
ふう、と吐き出した紫煙に横にいたその子は顔を顰めた。
「嫌いなんだっけ」
「まぁ、うん」
「やめた方が良い?」
「いや、それは好きにどうぞ」
やめて欲しい癖にそれを言わない。
どうせまた奇麗事なんかを考えてる。
言えばすぐにやめてやるのに、変に遠慮しいのこの子はそれをしない。
というか、俺の前では素直になってはくれない。
また紫煙を吐く。
今度は顔をしかめない。
お前が素直になるまで俺はこれを続けるよ、それでも良いの?
声に出して聞けない。
素直になれないお前へじわじわ効く薬であるように。
というか、お前の我が侭くらい、殆ど聞いてやれるだろうに。
馬鹿。
プロローグは笛の音で
恋が芽生えるには、ほんのわずかの希望があれば、十分である。―――スタンダール
八歳の秋。
赤く染まる音楽室、放課後、リコーダーの練習。
きれいだな、なんて、男の子に抱く感情にしてはやたら大人びていたように思う。
「神楽の指は魔法みたいだね」
ぽつり、零れた言葉は歳相応だった。
ふつりと止まった音色。
神楽がこちらを向く。
「まほう?」
「神楽が頑張って出来るようになったのは、わかってるよ」
今思っても可愛くない言葉だとは思う。
スレた子供だったのだ。
今も子供だが。
「でも、それでも魔法みたいだなって思ったの」
「…ふーん」
再び曲が始まる。
アタシは今度は大人しく聞いている。
きれいだな。
それは紛れも無い恋の始まりだった。
診断メーカー
20131004