四角い窓の向こう側。
square sky
たーいーよーうーくぅーん。
間延びした声にはっと振り返る。
「…すみません、十三さん」
「いーえ」
はい、体温計、といつものように渡されたものを受け取る。
毎朝十時。
きっちり、という訳ではなかったけれども、日課として検温に来る彼女はまだ新米で、
おっちょこちょいなところは目立つもののれっきとした看護師だった。
ひやり、と銀色の部分の冷たさに一瞬震える。
「何か見ていたの?」
音が鳴るまでやることがない彼女は、首を傾げてみせた。
え、と声が漏れる。
「さっき。ぼーっと何かを見ているみたいだったから」
きゅっと喉が締まるような音がした。
看護師の言葉に返すように、視線はのろのろと元の場所に戻る。
「…窓?」
その問いには、こくり、と重々しく頷くだけに留めた。
それだけで、終わるはずだった。
「空がね、見たいんだ」
「空?」
ぽつり、と零れ出た言葉はどうしてだったのか。
窓の外には空が広がっている。見えるだろうと、それが普通の反応だとも思っていた。
彼女がどう思ったかは知らないが、そう返される前に次の言葉が落ちていく。
「あんな四角の枠に閉じ込められた、
窮屈なものじゃなくて…何の制限も受けないでただ広がっているだけの、空」
悲痛、とは。
こういうことを言うのだろうか。
喋っているのは自分なのに、他人事のように思った。
「そういう空が…一度で良い、一度で良いから見てみたい。一度で良いから…外へ、出たい」
震える身体を押さえつける。
タイヨウくん、とその眉尻が下がったのが見えた。
その次の言葉は予測が出来る。
医者(センセイ)に聞いてみようか―――それが出て来る前に、いつもの表情をつくった。
「…ごめん、忘れて、今の」
ただ、笑う。
もう震えは収まっていた。
「タイヨウくん、」
「あ、計れたよ」
ピピ、と電子音を上げた体温計を取り出す。
「あーあ。今日もまた、ちょっと高い」
きっと、いつまでも。
この病院(カゴ)の中の病人(トリ)。
20140602