ルナティックワールド
親友が変な犬に付きまとわれ初めてから早三ヶ月。 出来るだけ避けていても、この犬と一緒になる瞬間というのはどうしてもなくせない訳で。 いや、はやくこいつが紅絹に飽きてくれれば―――いやそんなことは許さない。 あれだけ人の親友を引っ掻き回しておいて、飽きましたとか言った日にはぶち殺してやる。 そんな不穏な思考を読み取ったかのように、横の犬はびくりと怯えてみせた。 怯えてなんかいないくせに、よくやるものだ、と思う。 怯えていない―――それは紅絹に紹介された時から知っていたことだったけれど。 演じているのとは違う、これは無意識なのだろうか。それならばもっと、たちが悪い。 「桐生さん」 この呼び方にも寒気がする。 「何で…桐生さんは…」 「演じてるかって? そんなの決まってるじゃん、面倒だから」 こんな犬が何を聞きたいのか。それだってとっくに分かっていた。 一度聞かれていたことだ、しかもほぼ初対面の状態で。 そんな状態でそんな踏み入ったことを聞いてくるこの犬は頭が可笑しいのではないかと思うが、 犬なので仕方ない。 「僕は人間がどれだけきたないものなのか、きたなくなれるのか知ってる。 だから、僕は僕の世界を、守るための労力を厭わない」 人の領域を土足で踏み荒らす、そんな善意の塊は、 犬故に靴を履いていないのでギリギリスレスレ土足じゃない。そんなイメージ。 「お前も、」 指を差す。人を指差してはいけません―――そう習ってはいるけれど、これは犬なのでどうでも良い。 犬に指を差しても怒る人はいない。 「お前も、僕の世界を踏み荒らすのなら、」 これは、宣戦布告だ。 「僕は手段を厭わないから、覚悟をしておけ」 弱いよわい誰かを守るために。桐生鹿子は敗けられないのだ。
20150603