もうすぐ三時
女の名前はすずというらしかった子供の鈴と書いて子鈴。 けったいな名前だなとは思ったが、 僕に感謝の意を述べる親御さんの前では流石に口にしなかった。 「できたら貴方のお名前を教えては頂けませんか」 「くれぎです。板材とかの榑に簡単な方の木で榑木」 「下のお名前は?」 「…はずきです。八十一のおきてで八一紀」 「まぁ」 ヒトのことを言えない名前だというのは自覚している。 「素敵な名前ですね」 ふふ、と笑ったその女性の笑みが美しくて、僕はそっぽを向いた。 まだ背中と首の辺りのあの女―――子鈴の体温が残っていた。 狐面のこともあり顔は見えていないが、 身体や手の小ささ、その軽さから見て十一か十二程度かな、と思った。 ちなみに僕は十九だ、 イマドキの十九歳にしては境内の掃除や毎日の参拝などなかなか見上げたやつだと思う。 まぁ、どちらもただの習慣なのだが。 そんなふうに思っていたら、ふと、思い出した。 「あの、」 ―――黒は、きらいだ…。 「あの子、黒が嫌いだって言ってましたけど」 「ああ…」 ごめんなさいね、と母親は謝った。 いえ、と返す。 別に謝って欲しくて言った訳じゃない、気になったからだ。 答えたくないなら無理に聞くつもりはなかったが、聞いてみるくらいは良いだろう。 「どうしてですか?」 「そうねぇ…」 頬に手を当てる仕草がお上品だ。 もしかしたらあの女、いいところのお嬢様なのかもしれない。 それならあの少し高飛車な態度にも納得が行く。 「ねぇ、八一紀くん」 にこり、と母親は笑った。 「もし時間が大丈夫なら、お茶していきません?」 美味しいお菓子もありますよ、と言われれば、僕が頷かない理由などなかった。
榑木八一紀(くれぎはずき) 六合子鈴(くにすず)
20140920