じわじわと滲むような匂いは気付いたら当たり前のものとなっていた。
家畜の匂い。
自分からも同じ匂いがしている、なんて、分かりきったことを繰り返してやるつもりもない。
此処へ来てどれくらいの時間が経ったのか。
そういう自分にとって分からないこと、でも本当はどうだって良いことの方が、知りたい。
さいごの言葉はまだ忘れられていなかった。
―――貴方に幸運が訪れますように。
母は優しい声でそう言った。
まだ世界の色も分からない頃の、消えない傷跡のように、めらめらと熱く、この胸に残っている。
幸運なんて。
思う。
幸運なんて、そんなもの、何処にあると言うのだろう。
まだ数も数えられないうちに実の親に売り払われて。
そりゃあ優しい声も出るだろう、そう思う。
だって、子供を売ることで家にはそれなりのお金が入ったのだから。
家畜の檻へと入れられて、今まで知らずに甘受していた尊厳も根こそぎ奪われて、
何にもなくなって、同じような顔をした金持ちの好奇の目に晒される日々。
品定めされている、それが分からないほど馬鹿じゃない。
ただ、それでも言葉は覚えた。
他の同じようなものが吐くもので、それは悪態を吐くためだけのスラングばかりだったが、
それでも知らないよりはましだと思った。
いつか自分を買うような馬鹿な金持ちに、この深い闇の一端でも、味わわせてやるために。
グッドラック
その日がすぐそこまで来ていることを、少女は知らない。
必死に覚えた悪態も、
使う機会がなかなか来ずにそのまま忘れてしまうことも、少女はまだ知らないのだ。
20140401