ヒーローの背中 どうしてかな、と同居人、というよりかは多分ヒモだとかそういうタイプのなにがしかであるそいつは少し幼いような瞳でそう問うてくることがある。 「どうして争うのかな」 まるで純粋無垢であるような顔をして成見あげは(なるみあげは)を見上げてくるその同居人を、成見は押しやることをしないし追い出すことをしない。これでも料理は上手い方だし片付けはちゃんとするし、掃除もするし、まあ有り体に言えばその他諸々が全部クズなのでそれらは帳消しなのだけれど、成見はそういうことを言わずに結局その面倒を見てやっている。こんな風体だ。元が蝶だったと言っても信じて貰えないので、結局付ける規定となっている面はこの同居人のものと交換しているし、いやそれでも鼠であるので嘘だろ詐欺だろと言われはするのだが温厚(同居人談)の成見はそれを否定することはしない。ああそうだな、と流すだけ。 「だってばかじゃない? せっかくボクたちがこうして集まって、朧世なんてほんとは気ままに暮らしてていいところから現世なんてばっかみたいなところを守ってやってるのにさ。今度は朧世で争えって。ばっかだよ、ほんとばか。ばかじゃん。意味分かんない。のうのうと暮らしてればいいのにさ、ってかそもそもなんで三つも作ったんだろうね?」 「…昔は、少なかったんじゃないのか」 「ヒーロー志望が、ってこと?」 「…ヒーローになりたくてお前は天軍に入ったのか」 「ううん」 話がかみあわないのはいつものことだ。かみあわないようにされている、とでも言った方が良かったか。同居人、天軍に入り日輪隊に配属されてすぐ班が一緒になった羽塚恋鈴(はつかこすず)はいつだってその可愛らしいかんばせをこちらへ向けてくるのに、決して目をあわせようとはしない。何が気に入られたのかボク、この人についていきます!≠ニ宣言され転がり込まれてからずっと、それは変わらない。羽塚のあれこれと聞かない方がいいだろう手回しのおかげで今はそれなりの地位を築いているので成見が羽塚に文句を言うことはそう、ないのであろうが、どうしてもこの癖だけは気になる。 気になる。 けれども、成見はそれを責めない。踏み込まない。羽塚が彼自身公言するようにクズだと分かっていても、それでもしない。 「でもあーちゃんはヒーロー向きだよね」 「そうか」 「そうだよ、かっこいいよ」 「…ありがとう?」 「なんで疑問符つけたの!」 へんなの、と笑う羽塚のツインテールが、どう考えても雄のようには見えない二本に結わえられた尻尾が楽しそうに揺れる。 「ねえあーちゃん」 「なんだ」 「眠いの」 「いつもだ」 「うそつき」 めんどくさいだけでしょ、と羽塚は言う。その通りだ、と成見は頷く。 頷いたところで何も変わらないことを知っているから、はやく寝ようよ、と一つしかないベッドへと潜りこむ羽塚を止めはしないし、呼ばれるままに同じベッドへと入っていく。 「あーちゃん」 「なんだ」 「ボク、あーちゃんと一緒の隊で良かったよ。あーちゃんが班長で良かった」 「そうか」 「だから、明日もいっぱい、ばかになろうね」 ―――ヒーローに似合わないことは、ボクが全部引き受けてあげるから。 言葉にされなかった部分は本当は無視してはいけないことだっただろう。 「こすず」 「なあに、珍しいね、あーちゃんが名前呼んでくれるの」 「お前、」 「ん?」 頭を撫でる。 「頭、このままで寝るのか」 「あっ、あーーークセついちゃう、とるとる。とって」 あまり指通りの好いとは言えない髪からかわいらしい髪ゴムを取ってやって、結局何一つ真面な言葉を口にせずに今日も眠りにつくのだ。 * なるかみさんは蝶です。日輪隊に所属しています。妖力源はピアス。髪はオールバック、目の色は青です。三白眼です。温厚でいい人です。いつも眠そうにしています。 ×××さんは鼠です。日輪隊に所属しています。妖力源はバングル。髪はツインテール、目の色は赤です。よく腕を出しています。冷静でクズです。いつも余裕そうにしています。 #古今東西化者軍診断 https://shindanmaker.com/615148 http://www65.atwiki.jp/bakemono/pages/1.html *** 騎士にでもなったおつもりですか ずべしゃ、と嫌な音がして羽塚の足元にそれは落ちる。くたばっている。もうちょっと丁寧にいえば死んでいる。そしてもうちょっと付け足せば、それは羽塚の殺したものだ。 少し前、朧世のえらーいえらい何かによって天軍の、ざっくり言うとトップを決めろ、という話がされた頃から。こういうものが増えたなぁ、と羽塚は思う。羽塚の部隊はそこそこに成績を残していて、それは他の隊へは牽制の役割も果たしていて。それを知っているから羽塚は"たいした仕事"もしていないのに班長であり同居人である成見にもっと仕事がしたい、とだだを捏ねるのだ。それを仲間―――仲間なのだろう、同じ班の仲間たちが何と思っているかなど気にもせずに。 言ってしまえば、えらーいえらい何かによって下されたそのトップ争いは、他の隊からの攻撃というのは事実上許可されたも同然であり、そもそも現世のごたごたをおさめるためにこうして天軍が出来たはずなのに、ああめんどくさい、今や朧世がごたごたである。めんどくさい。非常にめんどくさい。そもそもごたごたをおさめたいから天軍に入った訳ではないが、それにしてもこれはお粗末な話だろう。 「…ほんと」 強いものには手を出さない。少なくとも、様子を見る。成見の手に余るような敵は基本、真っ向からは来ない。成見はそういった判断を間違わない。だから羽塚は成見を班長にしたのだ。彼ならば間違わないから。思考停止だ。それがしたかった。そのために天軍に入った。 「ばっかみたい」 なのに、身内で争う羽目になるなんて。 足元のものは軍服を着ていた。天軍は隊は違えど支給される服は同じだ。だからそれを見分けるとなると襟元の隊章を確かめることになる。 今、それはそれ自身の吐いた血で汚れて判別がつかなかった。けれども羽塚にはそれがどこの隊のものなのか分かっていた。 「あーちゃんが死んだって、誰かがその手柄を横取り出来る訳でもないのに」 同じ太陽を模した隊章を、班長の目にだけはいれたくなかった。それが羽塚の唯一の仕事だった。 *** 出来るものすべてをあなたに 困ったことに馬鹿な考えを持つものは後を絶たないもので、そしてそれは羽塚が班長の目に耳に入れないようにとしているので結局のところ情報統制にもなってしまっていて、成見班に手を出すとどうたらこうたらなんて噂が流れることもない。その辺りは抜かりない。ただ抜かりなさすぎた所為で同じような馬鹿はどんどん湧くので、まあ良い間引きにはなっているだろうけれど、なんて考えながら羽塚は今日も不届き者の始末をする。愛する班長の目に耳に入らないように、そうっとそうっと。事故や自殺、そういったものに見せかけられるように、時には誰かにその罪ごと着せてしまって。羽塚のやってきたことが露見したところで大したことはないと思うが、やはり正義感の塊のような連中がいる中でその責任はきっと成見にいくのだから羽塚はやっぱり、誰にもこれを知られてはいけない。 いけない、けれど。 「うわあ、よくそんなこと出来るね」 じっとりとした目が羽塚を見遣る。じっとりとしていてそれでも何処か愉しそうな空気を消さないのだから器用だな、といつも思う。 「樫宮さん」 「人気者だね、成見班長」 「うん、あーちゃんすごいからね」 「それにしても最近多くない。前はこうして会うのだってなかったのに」 待ってたんでしょ、と言われてうん、と頷く。 樫宮千乃(かしみやゆきの)は同じ日輪隊の同期だ。最初に配属された班が一緒だったのだけれどきっと成見は覚えちゃいないだろう。樫宮はどちらかと言えば羽塚と同じ側の存在で、真っ先に羽塚が成見から遠ざけたのだから。 ―――この人はボクのものだから。 ―――どうでもいいよ、そんなの。 「で、何して欲しいの」 「監視カメラの映像の差し替え。現場は映ってないけど、念のため。ボク、そこまでは出来ないから」 「見返り」 「一晩言うこと聞くよ」 「挿れさせないくせに」 「それ以外なら大体聞くよ」 「痕残しても良い訳」 「それって痛い系だよね? …まあ、うん。我慢する」 「…成見班長のためだから?」 「うん、あーちゃんのためだから」 樫宮が首を振る。交渉成立の合図。 「はあ、本当、よくそんなことが出来るね」 「だって、それがボクの仕事だもの」 多分、笑えていたのだと思う。 * ×××さんは山羊です。日輪隊に所属しています。妖力源は眼帯。髪は長髪、目の色は赤です。眼鏡をかけています。冷静でサドです。いつも嬉しそうにしています。 *** ねえ、みて、わたしはきれいよ。 見えるところにつけないでね、と羽塚恋鈴が言うのに樫宮千乃が文句を言ったことはあるが、それが破られたことはない。 「だって成見班長にバレたらぼくが殺されるじゃん」 なんだかんだ律儀に守ってくれるよね、樫宮さんは、とピロートークで息も絶え絶えにそう言ってみせると、返って来たのはそんな言葉だった。 殺される、かあ。 羽塚はじくじくと痛む背中や肩や太腿の内側を思いながら一人、自分だけの班長(実際にはちゃんと班員がほかにもいることはちゃんと分かっているので、所謂これは表現だ)のところへ戻る。成見は羽塚が家に転がり込んでも、半ば強引に彼を班長に据えても、何も言わなかった。何も言わずに羽塚を受け入れた。それがどういうことなのか、分からないはずがないのに。 ―――ヒーローの背中を穢してるんだあ。 自分にしか出来ないその傲慢とも言える所業に、羽塚は笑う。笑いながら歩く羽塚の視界に、見慣れたアパートが見えてくる。 その、階段の前に。 「………あーちゃん」 「遅い」 「心配してくれたの」 「するに決まってる」 次からは連絡くらいいれろ、と言う彼の視線が、一体何処に向いているのか考えるまでもない。 羽塚は小柄だ。そして、彼の目の前でひどく迂闊にも、そういう℃膜盾ノ巻き込まれたことがある。この髪型も服装も、ちょっとしたメイクだって、可愛いと思うからやっているだけだ。別に羽塚には雌になりたい願望がある訳ではない。雄に生まれたことを後悔する訳でもない。けれども可愛いものは好きだった。それが所謂世間一般で言う女装というものであろうとも、それら可愛いものを身に着けていたかった。 それを、勘違いする輩がいるだけで。 「友達の家に泊まっただけだよお」 何もなかったよ、と手を広げる。予めまくってあった腕が、傷一つない腕が、彼の目に映る。 「今度からちゃんと連絡するね」 「そうしろ」 晩飯が無駄になる、と言われて素直にはあい、と返事をする。 そうしたらそれでチャラになったのか、成見の腕は羽塚を抱き上げた。支える際に背中に触れた手が痛みを呼び起こしたけれども、ヒーローの前で無様にも痛みに顔を歪めるなど、羽塚はそこまで愚かではなかった。 *** ねえあなたはわたしの、 尾白大和(おじろやまと)は大抵がいつも顰めっ面で、不機嫌なのか何が気に食わないのかと誰もが思う。けれども羽塚は知っていた。彼が別段顰めっ面をしている訳でも不機嫌でもないことを。 「大和さん」 お久しぶりでーす、と軍服を脱いだ姿で現れたのはそれがプライベートなものであるからだ。羽塚はそれなりにあの野暮ったい軍服が気に入っている。現世の治安維持なんていうばかばかしいものも、朧世の身内ともいえるところで争うことも、それなりに気に入っている。それは愛する班長のおかげかもしれなかったし、もしかしたら羽塚は羽塚が思っている以上にそういったもの≠ノ向いているのかもしれなかった。 だから、大抵は仕事をしていたし、軍服を脱ぐなんてそれこそ天軍であることを知られたくないときか、寝るときか、すごく―――ものすごく、プライベートなとき、だけだった。昔一度、彼がお揃いだ、なんて言ったからかもしれない。何か一つでも彼と繋がりを持っていたかったからかもしれない。ヒモのようなものだと羽塚自身自覚はある。どうして成見が羽塚の好き勝手を許しているのか、それは正直分からないままなのだから。 「恋鈴は変わらないな」 「そうですか?」 「ああ。それに、どんどん夏鈴(かりん)さんに似てくる」 「―――それ、は」 心のうちに、土足で這入られた気がした。 でも、羽塚には尾白の侵入を拒否する術がない。 「似せているのか?」 「だったらどうなんです?」 「止める、べきなんだろうな」 「ボクが、貴方の言うことを聞くとでも?」 ゆるり、振られる首。 「お前が俺の言うことを聞かないことはよく分かっている。お前が俺の言うことを聞くような素直な子供だったら、そもそもお前は羽塚じゃあないだろう」 「………そうですね」 「それに、その敬語だって使わないはずだ」 お前は存外線引きが下手だ、と尾白はまた首を振った。 「そうですね」 この朧世で血の繋がりなんてないようなものだった。そもそも動物だった時分、母親や父親なんてものの存在など殆ど憶えていなかったのだから。冷たい石に水を掛ける。この世界に一つしかない石に、水を掛ける。 「かあさん」 血の繋がりはなかった。それでもこちら側にやってきた時、いちばんに手を差し伸べてくれた。可愛いものが好きだと言っても、顔を曇らせたりしなかった。好きにしていい―――そう言って、くれた。 「ボクは、素直じゃないんだって。大和さんひっどいよねー。こんなに可愛いボクに素直じゃないとか! いや、別に可愛いと素直ってイコールじゃないけど、ボクはどっちも兼ね備えてるのにねー」 この世界にだって死はある。朧世が終わったあと、その魂が何処へ行くのか誰も知らないけれど、もしかしたらえらいものたちは知っているのかもしれなかったけれど。 同じ鼠だった、ただそれだけじゃあなかったと、今は思いたいのだ。 「…お前が素直だったら、俺の所為だと言っただろう」 「そんなこと、ないですよ。あれは事故だったんですから」 羽塚夏鈴は事故で死んだ。それは、羽塚の中では変わらない事実だ。 「だから、誰の所為とか、ないんですよ。ボクとしてはかあさんが次の世界で幸せを謳歌してたらいいなあ、ってくらいで」 さみしいですけどね、と付け足した言葉に、尾白が眉を下げた。 「次、水、俺にやらしてくれ」 「どうぞ」 尾白に柄杓を渡す。世界で一つしかない石に、たぶん、次の世界への入り口とかそういう石に、水をかけていく。 ―――大和さん、ごめんね。 謝るのは羽塚の方だった。 ―――ボク、かあさんのいるところに、あーちゃんに歯向かってくるような馬鹿共をガンガン送っちゃってるんだ。 幸せなどとほざきながら、それを阻害しているのは誰よりも羽塚だった。 水を掛ける背中を見つめる。 嘗て母と呼んだ雌を愛した、雄のひどくぴしっとした背中を、見つめる。 * (だれなのかしら?) * ×××さんは鷺です。日輪隊に所属しています。妖力源は刺青。髪は短髪、目の色は橙です。眼鏡をかけています。無表情でいい人です。いつも不機嫌そうにしています。 *** 20170423 |