あと少し、10秒だけでいいから(時間をください) 何がしたかったのかと問われれば母の語る御伽話を信じてみたくなったから、なんていうマザコン発言が飛び出すことだろう。時人の母はあまりにもこの地で異端で、誰も憶えていない母の姉のことをすらすらぺらぺらとそれが本当にあったことみたいに話すのだ。それについて父が何を言うこともしないのは、母のそんな、誰も認めない御伽話をずっと言い張り続ける強いところに惹かれたからなのだと、そんなことを言っていたからだった。どうりで尻に敷かれている訳である。 だから、本当はそんなつもりはなかったと、言ってしまえれば言ってしまいたかったのだ。母の御伽話を実践して、そうしてやっぱり母の言うことは御伽話だったのだと、そういう結論が得られれば良かった。 良かった、はずなのに。 揺らめいた水鏡の向こうに見えた、知らない人影。違う、邪魔をされた、あと少しでも時間があれば、あの人間にバレない時間があれば。 ―――母の御伽話を御伽話ではなくさせられる。 それは意地なのかもしれなかったし、心の奥底から湧いた執念なのかもしれなかった。 * @tokinagare *** |