突然電話がかかってきて今から行く、と思いつめたような声で言われた時、ああ、と思ったのを覚えている。 覚悟 ことり、といつものように紅茶を淹れて出すと、隠しもしない疲れきった声がありがと、といつも通りの拙い言葉が返される。 「涼水は、大丈夫?」 そのことだろう、と話を振れば緩慢な首肯。 「最近、ちょっト眠そうニしてルことが増えタ」 「それは…」 「記憶を取り戻したカラ、じゃあなイだろうネ」 元々大した量思い出した訳じゃあないんだし、と続けられる言葉にそうね、と相槌を打つことしか出来ない。 壮大な―――もしくは、傲慢な試みだと、紫子だって分かっていた。彼女に直接相対したのはいずみだけで、だから紫子に何かしらが回ってくることがないだろうと予想が出来ることもまた、紫子の胸を苦しめた。 「ねェ、紫子、」 そんな紫子に気付いてか、いずみは紅茶を一口飲むと呼んだ。 「僕は間違っていたカナ」 間違い。 そう断言することも、否定することも、紫子には出来ない。分かっていて聞いているのだったら本当に、今彼女は弱っているのだろう。彼女はそういう質の悪いことはしない。だって、彼女はそういうものに疎いのだから。 「例え間違っていたとしても、もう後戻りは出来ないわ」 だから、紫子が選ぶ言葉の系統は既に決まっている。 「決めたんでしょう、後悔しても進むと」 「………ウン」 その頷きは残酷だったのかもしれない。少なくとも紫子にはそう思えた。 「紫子モ、人間らしクなったよネ」 「………私には、それを望んでくれる人がいたから」 瞼の裏に浮かぶのは自分を糾弾した婚約者の姿。 「それに、いずみ、貴方だって」 「…そう、カナ」 まるで宝石のような瞳がその瞼の隙間から覗く。 「そうダと、良いナァ…」 今日のお茶も美味しいね、と笑ったいずみに、紫子はそれ以上何を言うことも出来なかった。これはもう、いずみだけの問題なのだ、と明確に境界線を引かれたようだったし、事実、そうだった。 紫子は覚悟を決めなくてはならなかった。 これから起こる何かに対して、傍観者でいる覚悟を決めなくてはいけなかった。 |