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始まりはいつも此処から。 「本気で此処を継ぐの？」 眠そうな―――でも実際は眠くもなんともないだろうその目を歪ませて、彼女はそう問うてくれた。だから涼水ははい、と頷く。 「此処は、私にとってとても大事な場所なんです」 間取りは少し違うだろうけれど、涼水の記憶に根付く、優しい場所。 「此処は、私の始まりの場所なんです」 だから、残しておきたいんです。 そう笑ったら彼女は諦めたように、そのうち助手を送ってあげるよ、と言ってくれた。 「シリウスと二人だけじゃあ流石に人手足りないでしょ」 アンタは幽霊見えたりもないんだから、と続けられる。 「ありがとうございます」 笑ったら、そういうところは似なかったね、と言われた。 それが悲しいような寂しいような、嬉しいようなよくわからない心地になった。 ＊ 邂逅 https://twitter.com/kaikoubot_00 ＊＊＊ ありがとうと言いたくて いくら言っても足りないと、そんなことを言ったらきっと彼女は逆だよ、とあの独特のイントネーションで言ったのだろうけれども。 もう、その声は聞けないのだ。それが分かっているのに、自分に備わるこの能力（チカラ）を、どうやって使えば良いかとそんなことばかり。 同じ立場になって初めて分かる、彼女の葛藤。 だからこそ、ありがとうと、言いたいのに。分かった時はもう遅すぎるのだ。 ＊ @sousaku_Kotoba ＊＊＊ 明日また笑えるように 涼水、と呼ぶ声がする。 「大丈夫、大丈夫だよ、シリウス」 ずっと一緒にいてくれた存在に、涼水は応える。 「大丈夫じゃないでしょう。今日はお店閉めなさい」 「でも、」 「でもじゃないの」 ピシャリ、額に痛み。 「馬鹿ね」 それから抱きしめられる。 「悲しんで良いのよ」 「シリウス、いずみのこと嫌いじゃん」 「それとこれは別よ」 それに、今はそう嫌いじゃないわ、と言われて思わず笑う。 「悲しいのは当たり前よ、貴方にとって、一番の時間はあの子供とのものなんだから」 「うん」 「だからね、馬鹿って言って泣いて良いの」 「うん」 「それから、また立ち上がれば良い、目を開けば良い。進むために、一度膝を折ることだって大事よ」 「シリウスってさ、」 笑う。 人間みたい、そう言ったら元々そうだったんだから当たり前でしょ、と返された。 ＊ くらやみに 震える童 目をひらけ いまだ月日の 絶えることなし / 千罪和歌 ＊＊＊ マトリョシカは倒れない 大丈夫、大丈夫、と笑う。だって私は一人じゃない、一人じゃないのだ。シリウスもいる、イザヨイさんも草希さんも、私は一人じゃなくて、だから、だから大丈夫なのだ。 抱き締める腕が震えていた。 過去の一人ぼっちだっ私が、顔を覗かせていた。 ＊ ロドイビ https://twitter.com/dorakujocho ＊＊＊ 私はあなたの死体になりたかった 「本当のところね、いつかいずみが私のこと、殺してくれるんだって信じてたの」 無理だって言われるまで、言われても、それは彼女なりの嘘なんだろうって、そう思っていたの、と涼水は言う。 「これってひどい我が侭よね」 シリウスはそれに対して何も言えなかった。 ずっと寄り添っていた彼女の思いだからこそよく分かって、だからシリウスはそれを否定してやることも肯定してやることも出来なかった。 あの小さな白い少女は、涼水にとって大きな存在すぎた。 だから、今、彼女は此処にいるのだから。 「ごめん、忘れてね」 シリウスは私のこと、守ってくれてるのにね、と笑っただろう涼水がどんな顔をしているのか、シリウスは見ることが出来なかった。 ＊ 少女Ａの悩み事 http://nanos.jp/morbidgirl/ ＊＊＊ 本音。 例えば、ねえいずみ、と呼ぶ。そうするといつもの表情で彼女はなぁに、とこっちを向く。そんな彼女に手を伸ばして、ぎゅってして、なんて言えば、きっとぽかんとした顔をしただろう。 でも、そんなふうに甘えていれば。 「何か、変わっていたかな」 ＊＊＊ 悪くないんだよって言って 雨が降っていた。いつかいずみの言っていたことが分かるような気がした。それを聞いたのはとても晴れた日のことで、彼女は歌を歌っていたけれど。 「水葱」 呼ぶと、何、と声がする。友人とはとても似つかない声。永海を呼ばなかったのはさっき彼女が買い物に行ったのを知っていたから。いつもは涼水が行っているのに、客が来た所為で外に出る機会を逃してしまった。いや、客が来なければ困るのでその言い方は良くないが。 「雨だね」 「雨だな」 「永海は大丈夫かな」 「大丈夫だよ。アイツ強いし」 「そっか」 「涼水」 今度は呼ばれる。 「大丈夫だよ」 もう一度繰り返された言葉が、永海にかかったものでないことは馬鹿な涼水にも分かっていた。 ＊ image song「梅雨色小唄」倉橋ヨエコ ＊＊＊ だって頭の中身はいつも空っぽじゃんか 本気なのか、と誰もが聞いてきた。いつも話を聞いてくれた人も、とても頭の良い人も、ずっと一緒にいてくれた人も、誰も彼もが本気なのかと聞いてきた。それほどに涼水の言い出したことは無茶苦茶だったのだろう、と分かる。そう、分かっている。分かっていて涼水は推し進めようとしているのだ。 憎き天使に教わったことをすべてゼロにして、それでも。 「私はね、いずみのいた場所を失くしたくないの」 形として、残しておきたい。 そう言えば、誰もが反対出来ないのを知っていて、そう、言葉にするのだ。 ＊ image song「グレーマンのせいにする」クリープハイプ ＊＊＊ 遺灰のない葬式 知らなかった、と言えば知らせなかったもの、と返って来る言葉。予定調和だったのだろう。恨まれる覚悟で、きっと彼女はやったのだ。私はそれが分かってしまうからどうしようもなく言葉を探している。彼女を責めることが出来たら良いのに。 死に目にあえない、だなんて言葉を使う日が来るとは思っていなかった。そもそも本当の家族なんてものはとっくの昔になくなってしまったようなもので、だから私は彼女に〝家族〟を求めたのかもしれなかった。それが、彼女の重荷になっていても。 嘘でしょう、と言うのは簡単だった。そのまま信じないで、もう帰らないでいることも。きっと友人は合わせてくれる。でも、それは私の望む未来じゃない。 涙は、もう少し先に取っておこうと思った。帰ろうと思うと告げると連絡をくれた友人は何もないよ、と言った。そういうものだから、そういう契約だから、あそこにはもう何もないよ、と。それでも行きたい、と伝えると反対はされなかった。 「怒らないんですか」 彼女は言った。 「怒らないよ」 私は言った。 理解、出来ているつもりだったから。 悲しかった。今は耐えている涙でも、きっと何もなくなった場所を見たら決壊するだろう。それでも、私は行く。このままじゃあ、きっと前進できないから。でも、今は前進しなくたって良い、と前を向く。 気付いたらまた、前に進めるようになっているはずだから。 ＊＊＊ きらきら そんなに好きですか、という言葉に棘はなかった。その代わりに何処か呆れたような信じられないような―――素直に疑問に思っているような、そんな色が乗せられていた。小さな女の子の姿をしているけれども、シリウスがこんな幼く言うのが珍しい。本当に年相応に見える。中身は大体五千歳くらいのはずだけれども。 「うん、好きだよ」 「どうして」 「難しいな。好きだから好きなんだと思うけど、シリウスはそれじゃあ納得しないんだよね？」 「ええ、勿論。だって、あの子供は貴方を騙していたでしょう」 「シリウスにはそうとしか取れないと思うけど、私はそれだけじゃあないと思うなあ」 「…涼水は、お人好しすぎます」 「そうかもね。でも、それを教えてくれたのはいずみだよ」 その言葉に少しだけシリウスは居心地が悪そうにした。記憶を失う前と、一度失った後と。その両方を知るのはシリウスしかいない。 昔の皇涼水がどんな人間だったのか、知っているのはシリウスしかいない。 「だから、私はいずみに感謝してるし、いずみが好きだよ」 「…別に、それに文句を言いたい訳ではありません」 「でも気に入らないんだよね」 「気に入らなくても、それは涼水が決めることですから」 でも少しの意地悪くらいは許してくださいね、と言うシリウスはやっぱり今日はやけに年相応に見えたので、抱き締めていい？ と聞いた。 一瞬戸惑ってから、首肯が返ってきた。 ＊ キラキラ光っているものはどうしてもどこかに影をつくる 影しか見えない人だっているんだよ 影のほうがいいとすねてる人だっているんだ そんな人にかぎってほんとうは もっともっとキラキラと明るいものに それが何かはよく分らないくせに もう泣きたくなるほどこがれているのさ 谷川俊太郎 ＊＊＊ |