もしも私がたくさんの、本当にたくさんのことを知っていて、それを活かすことが出来たなら、何かもっと別の大きな、そんなものの力に流されることなく出来たなら。 あの子の背負うものを少しでも、軽く出来た? If... 暗い部屋でデスクライトの灯りだけが煌々としていた。こんなのは目に悪い、それは分かっていても部屋全体の電気を付ける余裕もない。足りない、と思った。もっともっと知らなくてはいけないことがたくさんあるのに。まだ何にも分かっていない。ぎりり、と唇を噛み締める。 発端は友人(向こうは否定するだろうけれども友人)が共通の友人の健康診断結果を持ってきたことだった。あまりにひどいその数値の羅列は、専門外の私でも分かるくらいのものだった。どうしてそうなっているのか、分からないと彼女は言ったけれど。天才である彼女が分からないことを私が分かるなんて、きっとなかっただろうが、それでも何もせずにいることが出来なかった。もっともっとたくさんのことを知れば―――何か。 「草希」 後ろで声がした。 「…チャイム鳴らしてよ」 「鳴らしたよ。出てこないからこじ開けた。帰る時に直してくから」 「なにそれ」 笑った私を放って、彼女の目は床へ、机へ、向けられる。 「連絡つかないから死んだのかと思って来てみれば…」 大きなため息。 「こんなことしたって、いずみは喜ばないでしょ」 違う。 「………分かって、るよ…」 でも、出て来たのは肯定の言葉だった。考えていたのはいずみのことじゃない。今にも死にそうな、いずみのことじゃない。確かに調べているのはいずみのためになるのかもしれない、そう見えるだろうけれど。考えていたのは、自分のこと。 ―――なんて自分は無力なのだろう。 何でも出来ると思っていた、こっちの世界に足を踏み入れるまでは。 「いずみも、さ。待ってると思うんだよね。アンタが笑うの」 「笑う?」 「アイツ、診断結果とか別に、気にしてないみたいだったし。だから、なんていうか…普通、っていうの。アンタに期待してると思うよ」 普通。 そうだ。 『草希、知っている?』 忘れていた言葉。 『人には魔法が使えるのよ』 普通な、平凡な私が出来る一番のこと。軽くはならない荷を軽くしようとすることなんて、考えなくて良いのだと、自分に出来ることをしっかり見つめていれば良いのだと、昔教えてもらっただろう。 「だからさあ、そんなにこっちに来なくても良いと思うんだよね。ていうか無理だと思うし。だから、なんていうか…笑ってやったら。そろそろ、普通に」 「………難しいことを言うなあ」 「アンタ一応天才って言われてたんでしょ」 「イザ子に言われると嫌味にしか聞こえない」 不器用な私は、上手に笑えることなんてないのかもしれない。笑えと言われて笑えるほど、私は器用じゃあないから。でも、もしも、上手に笑えていたら―――貴方たちの求める、普通≠ノ見えたら。 貴方も。 *** |