家出少女は海に抱かれる夢を見るか どこにもいけないのに、といったらかれはどこにでもいけるよ、といった。それはあまいことばだ、おとなのいううそだ。かれはおとなになったから、そんなことがいえてしまう。 かれはおとなになるしかできなかった。それはこひつじにとってはかなしいことで、くやしいことで。…うつつを、まもるための、ことで。 「あのこはずるいわ」 「そんなことないよ」 「いわせてよ」 「どうして」 「おんなのしっとだから」 「…そっか」 ききわけのいいところも、また、きらいだった。 * 明日の色 @asitanoiro *** 君が初めて 狡いと思ったことはなかった。この世界は狂っている、なんて共有するまでもない事実だったから。 最上歪の手首に傷はない。この手首はずっと綺麗なままだ、何事もない。だってそう決められているから。死ぬこともない、死ぬことも出来ない。その狂った世界の中で、唯一死んだことのある彼は、彼は、ああ彼は。 * 終わりません手首切っても終わりません絶望だけじゃそんなものです / 黒木うめ *** 羊を食べた狼 おいしかった? と聞く声がする。自分の声のような、昔の声のような、そんな何処かぼわぼわとした反響音のような、今の声ではないような、ずうっと昔からずうっと響いている声のような。 「わすれたの?」 ゆらゆら、ゆらゆら、水面が波打つ。私は私は自分の手を見る。 誰かを、沈めて、いる。 知っていたので驚いて手を離すようなことはしない。ぐっと力を入れ直してもう一度沈め直す。考え事をしていた所為で小さな身体は少し浮いて来ていた。気泡は出ていない。もう、死んでいる。けれども現はその身体を沈め続ける。死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、此処ではそんなこと何の意味も持たない。死んだことが一体何の安心を運んで来るのだろう。 何もかも、やり直しが、効くのに。 「むりよ」 反響する。 「やりなおしができるなら、どうしてこひつじはここにいるの?」 そんなのただのバグだと、言い切ることは出来なかった。 荒野子羊は用賀現ではない。 そう言い切ることすら、出来なかった。 * 喉元にカッター http://nodokiri.xria.biz/?guid=on *** しろやぎさんはお手紙たべた 拝啓、なんて必要がない。だってこの手紙は何処へだって届かない。この世界の何処かにいるのに何処にもいない貴方へ、私の神様へ、この手紙は。 「………まっず」 * この問いの差出人が君ならば嬉しいけれど (今どうしてる?) / 湖の底 *** 片道切符 何処へも行けなかった、だって此処は終着点だ。最後の掃き溜め、どうにもならないゴール、なにものにもなれない心たちが死ぬことも出来ずに留まり続ける、こんな場所のことをきっと地獄と言うのだろう。決して天国などではないことを既に来々は知っていた。この手の中には使い終わった切符が握られている。見えない切符、もうただのゴミでしかない切符。此処へ来た時点で生まれた時点で最早決まりきっていたことなのだ。恋した相手には会えない、利木月来々が利木月来々でいる限り。 * @sousaku_Kotoba *** 世界(ゆがむ) じわり、じわり、安っぽいフィルターとはよく言ったものだ。どうやら一応小説というものに携わっているだけあるらしい。そこそこの比喩表現は出来るのだと、そのせせこましいやり口に笑ってしまった。死ねる時に死ねる、その特性をどうしたって持てなかった、持つことが出来なかった歪から見たら彼女はとてもとても羨ましい。例えそれが敷かれたレールだとしても、本当の彼女は違う名前で、役目のあとは幸せに生きていくのだとしても、それでも良いなあ、と思うのだ。 そんなふうに思うからだ、と何処かで声がする。足元に倒れている、自分より少し大きな身体をした人。少年と青年の間のような、一生そのままだと言われたような彼のことが歪は嫌いだった。 「何、また死のうとしてたの? それとも…東さん?」 転がっている水宮かがみはぼうっとした表情で、東さんが望むのならそれでも、と言った。何が望むのなら、だ。 「バッカじゃないの?」 思わず言葉に出たのは、久々に、本当に久々に呆れてみたりしたからだった。同じものだったとしても違う名前がついている以上違うものとして扱うべきだろう。だって東さんはおれだから東さんが望むならきっとそれはおれの望みなんだ、なんてああ、本当に馬鹿馬鹿しい! 思わずため息を吐く。 面倒臭いから、はやく、きえてよ。 *** 神様なんかじゃないよ、と言った彼女の言葉を信じなかったのは一体誰だったのだろう。 神様は首を吊りました 恋をした、とまるで水に石ころを投げ入れたようにすぐに分かったのはそれがある意味では僕であったからだ。どくどくとうるさい心臓を抑えながら、からからに乾いた口を舌を何とか湿らせながら喘ぐようにどうして、と問うた。どうにもならないのか、とも問うた気がする。神であれ、神であれ、そう願ったのは来々だったような気がするのに、いつの間にか僕もそう思っていたようだった。彼女は淡々と僕の言葉を聞いているようで、その実何も聞いていない様子でぎったんばっこん、安楽椅子で遊んでいた。そんなふうな音をさせたら椅子は壊れると思ったがそんなどうでも良いことは口から出ていかなかった。 僕がはあはあと息を上げ涙を零したところでだからどうにもならないの、と彼女は言った。僕はただただ理解が出来なかった。貴方は万能ではないのか、と声を枯らして叫びたかった。貴方はこの世界の神なのではないのか、だから僕を僕たらしめたのだろうと。そう思っていたからこそ僕は彼女を許容してきたはずなのに。 ―――あんな女に恋なんて。 常(とこしえ)の僕がそれを許すはずなんて、ない。 のに。 だからどうにもならないの、と彼女は繰り返す。でも切ないから―――彼女は笑ったようだった。 「いろいろ考えちゃうよ」 君のこととか。 その部分だけがしっかり耳に焼き付いていた。 *** うまく笑えているかは分からないけれど、 喧嘩が出来ない、というのはきっとこのことを言うのだろうと思った。そもそも喧嘩というのは同じレベルのもの同士でしか発生しない現象であって、つまりどうやっても同じ土俵にすら立つことが出来ない白冬とかがみでは一生喧嘩なんてものは出来ないのだった。一生、なんて可愛らしい言い方をしたが未来永劫と言い換えてでも良い。そういう作りだったのだ、そういう運命だったのだ、そういう世界だったのだ。絶対に覆せない何かしらが存在するこの世界のことを、白冬はそんなに嫌いじゃなかった。幼馴染で年下で近所の女の子―――という設定の彼女なんかは嫌いだと言うのだろうけれど、きっと彼女だって心の何処かでは好きなのだ。この世界を愛しているのだ。まるで人間のように設計された白冬たちは自己の存在をどうにかして確立しなければならない、それが生きることだとルールに書いてあるからだ。その矛盾を抱き締めながら、どうやったらもっと人間らしくなれるだろう、なんて夢を見ている。 正しい笑い方すら知らないくせに。 「愛せないだなんてただの言い訳だよな」 それは彼に言う言葉ではない気がしていた。事実、言われた彼は違う、という顔で白冬を見上げていた。 「なあ、かがみ」 こんな馬鹿なことを言うのはこれできっと最後だから。 「キスしても良い?」 *** 嘘塗れの貴方を ジジ、とノイズの音がする。書き換わりの時の音、バグが許される時の音。ふいに目を開けた荒野子羊は自分がまるで大人の姿になっていることに気付いた。目の前にいる用賀骸と瓜二つ、それでも何処か用賀現とは違う顔をしていて、環境が生育に影響するというのは本当なのだなあ、と思った。そもそも荒野子羊は成長しないからこそ荒野子羊なのだったが、こんな可笑しなことも起こり得るのだと驚くしか出来ない。 子羊の変化にどうやら骸は気付かないようで、そもそもバグなのだから仕方ないのだが、いつものように微睡みの中で骸は子羊に手を伸ばした。 「せめて君の隣にいる時くらいは少しだけでも、奇麗な人間になりたいって、そう思うよ」 一体全体、このような時にこんなことを言うなんて! 信じられない、という言葉を飲み込んで、代わりの言葉を探す。 「………骸は馬鹿ね」 結局、いつもと同じような言葉になってしまった。いつもの舌足らずさは抜けて、骸の頭が胸に沈む。いつもとは違う肉質が其処にあるはずなのに、骸は気付かない、気付けない。 「骸はいつだって奇麗だわ」 だって、そうでないと嘘なんか見抜けないでしょう。 *** いつの日かこの幼い感情が切り裂かれるだろうことを知っていた 嘘吐き、と誰かに罵られることがあることを最初から知っていた。どうしてなのだろう、と思うけれどもいつだって思い出そうとしてもそれは記憶の奥底へと沈み込んでしまって来々の手をすり抜けていくのだ。まるで形がないもののように、この世界に形のないものなど存在しないはずなのに、幽霊だ、ゴーストだ、どうしたってこちらの目には映れない、現実だ。 「俺が要らないなら言ってくれれば良いから」 そう言うことで何が変わるとも思えなかったけれど、夢の中で、現実との狭間で、たった一人利木月来々は利木月来々のまま叫んでいる。 「笑うから」 だって笑えたのだ。この箱庭が出来た時も、彼女に恋をした時も。 ―――幸せが。 壊れた、日でさえ。 |