20150203第一話 一人の部屋ではいろんな物音が耳につく。アヤは自分の胸に手を当てそう思った。 仮初なのだと教育係に教えられたこの身体でも、心臓がどくどく言う音はちゃんと聞こえる。 数分前の出来事が、まるで数時間も前のことのようだ。その音に耳をすましながらアヤは思った。 アヤ・ルーンが起きた時、 仕事のパートナー兼教育係兼同居人の醐醍レムは既に部屋にはいなかった。 何か緊急の呼び出しでもあったのか、 このこじんまりとしたアパートに備え付けられている電話の受話器は乱雑に放り投げられている。 「また何かあったのかな」 詳しくは知らないが、レムはいつだって忙しそうだ。 アヤの訓練に付き合う他の時間は何やら書類をまとめていたり、 一人の仕事に出ていたり、地区部に呼び出されていたり。 良くは知らないがアヤとレムでは職種が違うので、そういうものなのだと思っていた。 そっちは忙しそうだなぁ、なんて他人事のように思っている。実際、他人事だが。 シャコシャコと歯を磨いていると、ばたん、と玄関の方から音がした。 ひょこり、と洗面所から顔を覗かせると、やはり。 「おかえりなさい、レムさん」 声を掛けると靴を脱いでいたレムは顔を上げた。 ただいま、と返す目の下にはくまがうっすらと見える。 「また地区部ですか?」 首が縦に振られた。首に掛けられた鎖がちゃりん、と鳴る。 「私、徹夜明けなのに…」 「お疲れ様です…」 冷蔵庫を開けて、麦茶を出していたレムが、アヤも飲む? と聞いた。 お願いします、と言えばもう一つ、グラスが出される。 それをダイニングテーブルの上に置いて一息、レムは話し始めた。 「ええとね、アヤにお知らせ」 「何ですか?」 「仕事」 「はい?」 思わず聞き返した。 仕事。 胸の中でだけ繰り返す。仕事。そりゃあ勿論いつか来ることだと分かっていた。 研修や何やら、そのためにやってきたのだから。 アヤ、と静かにレムが名前を呼ぶ。 「貴方の職業は?」 「ディッチです…」 「ディッチの職務内容は?」 「闇の欠片(Dark Heart)を回収することです…」 けれどもなんというかその、もっと前触れとかが存在しても良いのではないか。 「何事にも初めては存在するよ」 「そうですけどっ」 レムはアヤの方を見もしない。がさがさと机の上を探る手が、何かを引き当てる。 「あーあったあった、これ探してたの。 じゃあ私はもう一度地区部行ってくるから。出かける準備しておいてね」 じゃ、とそれだけ残してレムはまた出て行ってしまった。 これが、数分前の出来事。未だ机の上には、飲みかけの麦茶が残されている。 これを残していったということは、すぐに戻ってくるということだろうか。 まだレムとパートナー契約を結び、 同じ家に住むようになってから時間にすると一ヶ月ほどではあるけれど、 そういう部分がしっかりしたひとなのはよく分かっていた。 どくどく、と心臓の音が聞こえていた。これで生きていないなんて、本当に可笑しかった。 ← □ →