はじまり
記憶の中の母にはぼんやりと靄がかかっているようだった。 「良い子にしてるのよ?惟前」 「大丈夫だよ、母さん」 泣きそうな顔。 だから無理にでも笑う。 「…迎えに、来るから。それまで…」 「うん、待ってる」 遮って頷く。 泣かないで、その言葉は言えなかった。 痛い程に抱き締められる。 「元気でね」 離れた。 それが別れの言葉だと分かっていても、その別れが永遠のものだとしても、 「うん。…またね」 手を振る。 背を向けて母は歩き出す。 ゆっくりと歩いている割には、その背中が小さくなるのはやけに早い気がした。 ケーキに立つ四本の蝋燭を吹き消した、次の日の思い出だった。
20141030