火の回る音が脳裏にこびりついている。 「ちちうえ、」 ぱっと開けた目に映ったのは、知らない天井だった。 死にぞこないの選択 病院だ、と分かったのは記憶の途切れた場所が消防士の腕の中だったからだった。 目の前で、燃える屋敷。野次馬の声からまだ父が中にいることが分かって、何も考えずにその中に飛び込もうとしたのを止められたのだった。 「父上…」 重たい身体を持ち上げれば、ちょうど通りがかった看護婦がよかった気付いたのねと寄って来た。 「あの、」 声が震える。 「父は………」 さっと、看護婦の表情が曇った。それだけで賢い少年はすべてを理解してしまった。 何も考えられなかった。 逃げ出すようにふらり、足を踏み入れた屋上。其処には、先客がいた。 「ひっでー顔」 ぶっは、と人の顔を見て盛大に笑い転げた先客は、頭に包帯を巻いていた。顔や身体もあちこちガーゼが当てられていて、見ていてとても痛々しい。 「…貴方だって、人のこと言えないでしょう」 「俺のは全部戦って出来た傷だもーん。いわば生を勝ち取った勲章?ってやつー?だから、ほら、俺の表情見てみろよ。こーんなに生きる希望に溢れてるじゃん?きらきらじゃん?………でも、お前は違う」 すっと、指差される。 「―――生きる気力を失った顔だ」 その通りなのだろう、と思った。起きてからはまだ鏡を見ていないが、育ての親を失ったのだ。両親を目の前で失くし、失意の底にいた少年を拾って愛してくれた育ての親を、失くしたのだ。その顔など、想像に難くない。 これから、どうやって生きていこう。二度の喪失を越えていける力など、自分に備わっているとは思わなかった。 「死にたい?」 その言葉には頷けなかった。 頷いたらいけない、そう思った。けれどもきっと、そう思った方が楽なんだ、と思った。約束も恐怖も、全部捨ててしまえる。その手段は目の前にあるのに。 病室から出てくる時に、あの本は無意識のうちに持ちだしていた。ぎゅう、とそれを抱き締めると、青年の視線が本に移された。 おまえはさあ、と声の質が変わったことに肩を震わせる。あの時に似ている、そう思った。 「それがどうして狙われるのか、知ってんの」 「…知ら、ない」 「考えたことは」 「…な、い」 「お前はさ、その秘密を知りたくないの?」 思わず、顔を上げた。 「知っているのか」 掴みかかる。青年がうおっと声を上げたが気にしている余裕はない。 ばさ、と本が落ちた。おい大事なモンじゃないのかよ、と青年が言うがそれも無視だ。 「知っているのか。何故父上が死ななければならなかったのか、知っているのか!!」 こんな声を出すことが出来たのか、と自分でも驚いた。 「知っているなら、教えてくれ…僕は、」 次に出たのは懇願だった。分からなければ、もう吐息と変わらなくなる。 「もう、死ぬくらいしか………」 わるいな、と言う声に、力が緩む。 「悪いな、俺は知らないんだ。秘密があるって、そのことを知っているだけで」 なぁ、と声が掛けられると同時に、ぽん、と頭に手が乗せられた。 「死ぬくらいなら一緒に来ない?」 「…なんで、です」 「俺さ、こう見えても根無し草なの。旅人やってんの。その理由はまぁいろいろあんだけどさ、それは追々。戦闘とかにも慣れてるからそういうのは任しといてくれて良いし。炊事洗濯も出来るよ。…まぁ、手伝って貰えたら嬉しーけど」 ざくり。 世界に切れ目が入る。まるでパンケーキでも切るように、簡単そうに少年はそれをやってのける。 目が、合う。 少年が悪戯っぽく笑った。 「決まり、だな」 その言葉を拒絶する理由などなかった。 「お前は俺が連れて行く!ハイ、決定!!」 強引だな、と思った。けれども、別に、嫌いじゃない。 よしっと立ち上がった少年はくるり、振り返る。 「俺はティキリアー・セリム。よろしくな。ちなみにセリムの方がファーストネーム」 この国では逆なんだよな、と差し出された手は少年のものより一回り大きくて、そして傷だらけだった。 握り返す。 「僕はクラウン―――クラウン・ロッシです」 あたたかかった。 あたたかくて、泣きたくなった。 *** |